2018年04月20日

■■【心de経営】 実践編35 采根譚 前集 四十三 身を立つるに一歩を高くす

■■【心de経営】 実践編35 采根譚  前集 四十三 身を立つるに一歩を高くす


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。

【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

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 『采根譚』の著者は洪自誠といわれ、日本に江戸時代中期に伝えられ、以来知識人の隠れた教養書として、明治以降も多くの人々に愛読されてきました。『采根譚』の書名は宋代の学者(思想家)汪信民の「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」によると言われています。「菜根」すなわち、野菜の根は硬く筋が多いが、これをよく咬みうる者のみが、物の真の味を味わうことが出来る、ということを意味しています。

 また「菜根」は貧しい生活、暮らしをいうことから、貧苦に十分耐え得るもののみが人生百般の事業を達成できることも意味しています。『采根譚』が日本に紹介されたのは江戸時代中期、加賀前田藩の儒者、林瑜(はやしゆ)が紹介したのが初めとされています。いらいおびただしい数の復刻本が出版され、中国よりも、日本で広く愛読されてきました。実業・ビジネスの世界で活躍されている多くの人々に、心の指南書として親しまれてきました。時が移り人が変わっても、変わる事のない哲理を今に活かそうとしているからだと思っています。

 この『采根譚』は前集、後集合わせて357編からなり前集の222編は現実を生きる処世の智恵を説き、後集134編は心豊かな閉居の楽しみを語ったものが多いとされています。

 それでは、解説者・井原隆一氏のプロフィールをご紹介します。1910年埼玉県生まれ。14歳で埼玉銀行(現りそな銀行)に入行。18歳で夜間中学を卒業。父親の死亡に伴い20歳で莫大な借金を背負いながらも独力で完済。その間、並はずれた向学心から、独学で法律、経済、経営、哲学、歴史を修めた苦学力行の人。

 最年少で課長に抜擢され、日本ではじめてコンピュータオンライン化するなど、その先見性が広く注目され銀行の筆頭専務にまで上りつめました。60歳になって大赤字と労働紛争で危機に陥った会社の助っ人となり、40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し、数々の企業再建の名人として知られたといわれています。


         参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社


■■ 采 根 譚 (解説:井原隆一)  :  前集 四十三 ■■ 
 
    身 を 立 つ る に 一 歩 を 高 く す
 

【読み下し文】

 身を立つるに一歩高くして立たざれば、塵裡(じんり)に衣を振るい、泥中(でいちゅう)に足を濯(あらう)が如し。如何ぞ超達(ちょうたつ)せん。世に処するに一歩退いて処(お)らざれば、飛蛾(ひが)の燭(しょく)に投じ、羝(てい)羊(よう)の藩(まがき)に触(ふ)るるが如し如何ぞ安楽ならん。

 人生、身を立てるには、常に一歩だけ世人よりも高くしておかないと 塵(ちり)の中で衣を振るい,泥の中で足を洗うようなことになる。洗えば洗うほど泥がついてくる。これでは、世間に超越することは出来ない。また処世の道では、常に一歩退いていないと、ちょうど虫が火に身を投じたり、牡(オス)の羊が棚に角を突っ込んで進退極まるのと同じことになる。これでは安楽に過ごす事ができない。

 
【解説に出てくるキーワード】

◆「理想は高く姿勢は低く」井原さん、自作自戒の言葉

◆「小成に甘んじるな」小成とはわずかばかりの成功。経営に当たる人は「大きな夢を持ちなさい」と井原さんは説く。 

  参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社
 

【コメント】

 社会で出世しようとするならば、他人より一歩高くしていないと、埃の中で服を振るい、泥水で足を洗うようなもので、目的は果たせないし、人が生きてゆく上では、他人より一歩下がっていないと、我が蝋燭(ろうそく)の火に飛び込み、羊が垣根に頭を突っ込んでしまうようなもので、安心して暮らして行けない。

 つまり活人はリスクマネージメントの達人と言える。言い換えれば、活人は純粋なリスク回避は言うまでもなく、投機的なリスクは確実に回避しておかないと安心して生きてはいけません。ということ。

 人間は誰しも、一人ひとり違った素質、才能をもっている。ただそれらは、顔を鏡に映すようには、表面に出にくい。しかし、そういう自分の素顔とか才能というものを自分ではっきりとつかみ、それを日々の活動に、ひいては人生に生かすことができたなら、どれだけ人間としての喜びに満ちた生活が営まれ、人生の妙味というものを味わうことができるだろうか。一人ひとりが他と違ったものを持ち、そして日々新たに発展していく。そこには苦しみもあろうが、何ものにも替え難い喜びもあるはずである。

 本日も当社では決算の為のデータの積算作業に追われている。メールのやりとりや、書類から多くを推測、現実へと導き出すことの困難さに直面している従業員は日々戦ってくれている。頭の下がる思いが感謝へとかわり「従業員は宝もの」いう言葉で表現することになる。そんな思いに成る事が何よりも幸せで、次への挑戦に繋がっていると確信します。

 決算に係わる財務状況から経営者様ご自身の思想や理念、今後の夢など一年に一度の決算時会談は濃密に展開しています。時代に即したテーマも考慮しながら現代から未来に繋ぐ架け橋になる様尽力したいと願っているのです。

 他方ではコンサルタントとして今後に向け壮大な夢と希望に満ちた運営指針を立て、全国縦横に組織的活動を展開してゆくことが社会貢献に繋がる事を願っております。

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Posted by 経営士 at 12:01【心 de 経営】

2018年04月13日

■■【心de経営】 実践編34 采根譚 前集二十四 明は晦より生ず

■■【心de経営】 実践編34 采根譚  前集二十四 明は晦より生ず


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。

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 また「菜根」は貧しい生活、暮らしをいうことから、貧苦に十分耐え得るもののみが人生百般の事業を達成できることも意味しています。『采根譚』が日本に紹介されたのは江戸時代中期、加賀前田藩の儒者、林瑜(はやしゆ)が紹介したのが初めとされています。いらいおびただしい数の復刻本が出版され、中国よりも、日本で広く愛読されてきました。実業・ビジネスの世界で活躍されている多くの人々に、心の指南書として親しまれてきました。時が移り人が変わっても、変わる事のない哲理を今に活かそうとしているからだと思っています。
 
 この『采根譚』は前集、後集合わせて357編からなり前集の222編は現実を生きる処世の智恵を説き、後集134編は心豊かな閉居の楽しみを語ったものが多いとされています。
 
 それでは、解説者・井原隆一氏のプロフィールをご紹介します。1910年埼玉県生まれ。14歳で埼玉銀行(現りそな銀行)に入行。18歳で夜間中学を卒業。父親の死亡に伴い20歳で莫大な借金を背負いながらも独力で完済。その間、並はずれた向学心から、独学で法律、経済、経営、哲学、歴史を修めた苦学力行の人。
 
 最年少で課長に抜擢され、日本ではじめてコンピュータオンライン化するなど、その先見性が広く注目され銀行の筆頭専務にまで上りつめました。60歳になって大赤字と労働紛争で危機に陥った会社の助っ人となり、40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し、数々の企業再建の名人として知られたといわれています。
 

         参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社
 

■■ 采 根 譚 (解説:井原隆一)  :  前集 二十四 ■■ 
 
    明は晦より生ず
 

【読み下し文】
 
 明(めい)は晦(かい)より生ず
 糞虫(ふんちゅう)は至穢(しわい)なるも、変じて蝉となりて露を秋風に飲む。腐草(ふそう)は光なきも、化して蛍となりて采を夏月(かげつ)に耀(かがや)かす。固(まこと)に知る、潔(けつ)は常に汚(お)より出て、明は毎(つね)に晦(かい)より生ずることを。
 
 糞土から出てくる蛆虫は変化して蝉となって、白露を飲んで美しい声で、鳴くようになる。腐った草には光はないが、蛍となって光彩を放つ。このことからも、清いものは常に汚れたものから生まれるし、光はいつも暗闇から出るということが分かる。
 
【解説に出てくるキーワード】
 
◆ この泥があればこそ咲く蓮の花
 
 蓮は泥沼に生えていても美しい花を咲かすことから、どんな悪い環境にあっても清らかさ保つことをいう。「泥中の蓮」とも言う。
 
◆ 明中、明なし。暗中、明あり
 
 明るい日の中では、光を見出すことはできないが、暗い中ではどんな小さな光、つまり逆境を抜け出す目標を見出すことができる。逆境にあるからこそ、小さな光、つまり逆境を抜け出す目標が見えてくると、井原氏は言う。
 
  参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社
 

【コメント】
 
 活き活きと生きる人生の「心」の経営術として、性善説の人生哲学として「采根譚」は訳されています。
 
 嵐の日は鳥までも寂しく悲しげでありますが、晴れた穏やかな日は草木もいかにも楽しげです。自然には、たとえ一日でも穏やかで和らぐ日がなければなりませんし、人の心もたとえ一日でも喜ぶ気持ちがなければならないのです。
 
 つまり「無心に生きなさい」という事です。
 
 心の中に野の花が一杯咲き乱れますと、自然に和らいだ満足感に包まれます。人の心にも一日でも喜び、和む気持ちが無くてはならないと私は思います。つまり気象が移り変わる中にも快い晴れの日がありますように、人の心の中にも快く喜びや和む気持ちは欠かせないのです。
 
 心のバランスを崩してしまいますと、人間関係にも大きく影響すると考えます。
 
 ただ、心情が気象と似ているようで違うところは、人間は相手を思い遣るという善意があれば、よい気が生み出されるという事です。陽気も陰気も、心の持ち方ひとつです。自然界でも、気持ち良く晴れあがった日には、生きいきとした自然の関係から生まれた調和と喜びがあり、それこそが人間にとっても欠かせない大切な環境であります。
 
 私達は、時代と共にそれぞれの背景の中で、生き方や行動のしかたを問われて来ました。厳しい雨や風に襲われれば、鳥までが震え上がるのに対して、晴れた穏やかな日和に恵まれれば、草木までも喜びに溢れるというのです。
 
 時代の変化とともに可能な限り、寛容の精神でコンサルタントとしてクライアント様に接し、人々に満足の心を持ってもらうための支援をしたいと願うものです。
 
 人の品性は、包容力が大きくなるにつれ向上し、包容力は認識が深まるにつれて大きくなるといわれます。明るいものは、いつも暗いものから生まれ、かつ人は先の先までを見通して人に接しながら、自他の可能性の芽を摘む事の無い様に努めて精進するという事が肝要です。
 
 換言すれば「ご縁は一生の財産と認識すべきである」という事に繋がります。また、仕事が行き詰まり、形勢が悪くなった場合には、その初心が何であったかを考え、原点に戻り、再考する事も重要です。
 
 何事に於いても困難を嘆かず、可能を信じ、クライアント様との信頼関係を良好に深めて参りたいものです。そうした関係保持のために、常に自己の資質磨きに最善を尽くしながら、持続し続ける事が経営者を支援するコンサルタントのあるべき姿なのではないでしょうか。
 
 

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Posted by 経営士 at 12:01【心 de 経営】

2018年04月10日

■【心 de 経営】50 有為の人となって組織戦略の思考を磨く

■【心 de 経営】50 有為の人となって組織戦略の思考を磨く



【筆者紹介】  日本経営士協会理事長 経営士   藤原 久子


 北海道札幌市出身、20年間の専業主婦を経て、会計事務所に約4年半勤務。その後平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し、代表取締役として現在に至る。従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、企業の永続的発展を願う。
 平成22年には横浜型地域貢献企業の最上位を受賞、続いてグッドバランスの受賞により、新聞、雑誌の掲載をはじめ、ラジオやWebTV(日本の社長100・神奈川県社長t v)に出演したりして、各種メディアで紹介されている。


 





 



■ ご挨拶


 自社の経営に当たりまして、何かと忙しい経営者に安心して事業に専念してほしいとの想いと、そして忙しい経営者に、私たちからは「もっと心の通いあうサービス提供を」という原点を忘れてはならないと常に考えております。また、「顧客第一主義」と「企業は人なり」の精神を揺るぎないものとして持ち続けることも大切です。

 その信念に「学び」をプラスして更なる人間的魅力を形成してはじめて、従業員やお客様から信頼されるのです。そのためにも、まず自分自身を磨くことが大切です。

 人にはそれぞれ自分なりの生き方があります。経営者様をはじめ、これから経営者として歩み始めるみなさまや経営コンサルタント・士業の気づきや学ぶ機会になれば、これほどに嬉しいことはございません。

 持続可能な目標設定と行動計画は、企業が株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等に於いて、ステークホルダーの価値観を理解し価値の最大化が求められる為、経営者の社会的責任つまり企業存続維持の責任があり、経済的責任が問われるものであります。

 企業とNPOのパーソナルシップに関心を寄せて価値共創経営を支えるのは、有効な取り組みといえます。


■ 有為の人となって組織戦略の思考を磨く


 2018年3月号を終え、新年度を迎えましたので、心新たな気持ちで再スタ-トをすることになりました。

 孫子のことばに「戦略思考・戦術思考を鍛える」とあります。

 人間的に優秀でありたいと願い、日常の積み重ねの中で自己研鑚してゆきながら、温かく洗練された心で自分自身の価値を高めることが社会や組織にとって有用な人間であり、また有益な人間であると思います。

 能力は他の人とのかかわりに於いてどう発揮されるのかが大切であります。

 戦略思考を身につけるということは、技術的な経営方法を知る事とは異なり、理論的知識と経験の積み重ねで、どんどんと進化していくものです。

 組織的な人間的経験を積み重ね、理論を勉強して現実で検証し経営者側で思考実験を繰り返す事で身につけていくのです。


「有能な人間ではなく、有益な人間となれ!!」という言葉をよく耳にします。

 社会や組織にとって必要な人間は、単に有能な人間ではなく、有用・有益な人間であるという事です。

 自分の置かれた環境で、今、必要とされているものが、どういった能力なのか、それを見極める目をもたなければなりません。

 ここで注意しなければならないことは、人生の数十年間において要求される能力は一通りではなく、いろいろな能力が必要とされます。

 つまり一人で出来る仕事、管理する立場、チームでやる仕事、様々な能力が必要とされます。環境や立場によって求められる能力は増えて参ります。

 他の多くの人々の為に、利益や便益を生み出してこそ、その人の存在価値があるのです。


 戦略思考とは、物事を整理して智慧を使って最善策を考える事です。

 そこで知識と論理思考を鍛えることが重要で、もっと効率よく仕事を進めたいと願っている方にとっては、戦略と戦術について今一度考える必要があると思います。


 目標や考え方、ビジョンを明確にし、目標に向かって効率よく進む為に、先ずは自分が何をもとめているかを明確にすること、ものごとを俯瞰的にみて自分の進むべき道筋を考えること等、目標達成のために進む途中で発生する問題を如何に解決しながら進むかを考えることが重要になって参ります。

 その考え方が戦略思考の肝になってくると考えます。


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Posted by 経営士 at 12:01【心 de 経営】

2018年03月30日

■■【心de経営】33実践編 采根譚 前集十 恩裡に害を生ず

■■【心de経営】33実践編 采根譚  前集十 恩裡に害を生ず


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


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 『采根譚』の著者は洪自誠といわれ、日本に江戸時代中期に伝えられ、以来知識人の隠れた教養書として、明治以降も多くの人々に愛読されてきました。『采根譚』の書名は宋代の学者(思想家)汪信民の「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」によると言われています。「菜根」すなわち、野菜の根は硬く筋が多いが、これをよく咬みうる者のみが、物の真の味を味わうことが出来る、ということを意味しています。
 
 また「菜根」は貧しい生活、暮らしをいうことから、貧苦に十分耐え得るもののみが人生百般の事業を達成できることも意味しています。『采根譚』が日本に紹介されたのは江戸時代中期、加賀前田藩の儒者、林瑜(はやしゆ)が紹介したのが初めとされています。いらいおびただしい数の復刻本が出版され、中国よりも、日本で広く愛読されてきました。実業・ビジネスの世界で活躍されている多くの人々に、心の指南書として親しまれてきました。時が移り人が変わっても、変わる事のない哲理を今に活かそうとしているからだと思っています。
 
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 それでは、解説者・井原隆一氏のプロフィールをご紹介します。1910年埼玉県生まれ。14歳で埼玉銀行(現りそな銀行)に入行。18歳で夜間中学を卒業。父親の死亡に伴い20歳で莫大な借金を背負いながらも独力で完済。その間、並はずれた向学心から、独学で法律、経済、経営、哲学、歴史を修めた苦学力行の人。
 
 最年少で課長に抜擢され、日本ではじめてコンピュータオンライン化するなど、その先見性が広く注目され銀行の筆頭専務にまで上りつめました。60歳になって大赤字と労働紛争で危機に陥った会社の助っ人となり、40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し、数々の企業再建の名人として知られたといわれています。
 

         参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社
 

■■ 采 根 譚 (解説:井原隆一)  :  前集 十 ■■ 
 
    恩裡に害を生ず
 

【読み下し文】
恩裡に由来害を生ず。故に快意の時、須(すべか)らく早く頭(こうべ)を回(めぐ)らすべし。敗後(はいご)或いは反(かえ)って功を成す。故に払心(ふっしん)の処、便(すなわ)ち手を放つこと莫(なか)れ
 
失敗や災害は、徳意の時、恩情の厚いときにやってくる。それゆえ恩情が厚く、徳意の絶頂にある時は、心を引き締めて反省して後々に悔いを残さない様に心がけたい。また失敗した後や失意の時に、成功の機会を掴むことが多い。失敗したからと言って失望し、嘆くことはない。
 
 
【解説に出てくるキーワード】
 
「事の破るるは得意の時、事の成るは失意の時、勝って驕(おご)らざる者のみが次の勝利者になる」【格言】「ピンチを脱失しても心はピンチにあり」の心構えでいないと、チャンスを活かすことは出来ない、と井原さんは説く。
 
・ 【恩裡】  恩情の厚いうちに
・ 【快意】  気分がよい。得意。
・ 【払心】  心にもとる。失意。 
 
          参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社
 

【コメント】
 
 意外なことと感ずるかもしれませんが、「恩」という心や「愛」という心から「災い」が生じると言われます。
 
 楽しい気分の時こそ、それまでを反省すべきなのです。
 
 その逆に、失敗したからこそ成功することもありますから、意に添わぬ事で投げ出してはいけないのではないのでしょうか。言い換えますと、失敗や逆境は、順境の時にこそ芽生えはじめていて、物事がうまくいっているときこそ、先々の災難や失敗に注意をすることが肝要です。
 
 このことは企業経営に於いてもいえる事ですが、成功、勝利は逆境からはじまるものです。「人生、山あれば谷あり」であり、「思いどおりにならずともあきらめない」勝利の希望を持ち続け、ひたすら努力を続けていけば、状況は好転するであろうといわれております。
 
 生きている限り、希望はあります。希望がなくなる時は自分で自分のことを「もうだめだ」とあきらめた時だけです。苦しみだって、成長するためのバネになると思うことによって道は拓けるものなのです。もしも、希望がなければ、自分で希望をつくりましょう!見つけましょう!また「ピンチを脱出しても心はピンチにあり」の心構えでいませんと、チャンスを活かすことはできない、と「采根譚」の解説者井原さんは説いているのです。
 
 私共の会社では、毎月当該クライアント様の決算説明会を開催しておりますが、その際に日常処理に於ける基本的な考え方や対象法についても討議しコミュニケーションを図っております。
 
 話題は変わりますが、2011年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波、それにより引き起こされた福島第一原子力発電所事故は皆様のご記憶に新しいと思います。この悪夢の中から私共は、いったい何を学んだでしょう!
 
 当時は誰もが、自分にできることは何かを真剣に問うことになったでしょうし、何でもない日常の有り難さをしみじみと感謝する様にもなりました。そんなある日のこと「生きてゆく事」という曲の歌詞が心に響きCDに聴き入っておりました。
 
  誰にでも、悲しいこと、辛いこと、
  悔しいことが必ずあるはず、
  どんな時にも、
  自分の誇りはなくしたくない、
  辛くても、前をみているのは、
  夢がその形をかえてしまわないように、
  そして、
  いつまでも自分らしさを見失わない様に
  いきてゆきたい
 
と、穏やかに、やさしく、しかも力強く歌って下さったのです。
 
 読者の皆々様や日本経営士協会会員にもこうした想いや、経験は沢山おありと思います。ふと立ち止まって何気なく、深呼吸する時間があってもいいのではないでしょうか。同時に私達はプロのコンサルタントとして高品質のサービスの提供をする使命があることを、繰り返し認識を改めるべきではないのでしょうか。
 

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Posted by 経営士 at 12:01【心 de 経営】

2018年03月23日

■■【心de経営】32実践編 采根譚 前集六 和気なかるべからず

■■【心de経営】32実践編 采根譚  前集六 和気なかるべからず


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 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

 『采根譚』の著者は洪自誠といわれ、日本に江戸時代中期に伝えられ、以来知識人の隠れた教養書として、明治以降も多くの人々に愛読されてきました。『采根譚』の書名は宋代の学者(思想家)汪信民の「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」によると言われています。「菜根」すなわち、野菜の根は硬く筋が多いが、これをよく咬みうる者のみが、物の真の味を味わうことが出来る、ということを意味しています。
 
 また「菜根」は貧しい生活、暮らしをいうことから、貧苦に十分耐え得るもののみが人生百般の事業を達成できることも意味しています。『采根譚』が日本に紹介されたのは江戸時代中期、加賀前田藩の儒者、林瑜(はやしゆ)が紹介したのが初めとされています。いらいおびただしい数の復刻本が出版され、中国よりも、日本で広く愛読されてきました。実業・ビジネスの世界で活躍されている多くの人々に、心の指南書として親しまれてきました。時が移り人が変わっても、変わる事のない哲理を今に活かそうとしているからだと思っています。
 
 この『采根譚』は前集、後集合わせて357編からなり前集の222編は現実を生きる処世の智恵を説き、後集134編は心豊かな閉居の楽しみを語ったものが多いとされています。
 
 それでは、解説者・井原隆一氏のプロフィールをご紹介します。1910年埼玉県生まれ。14歳で埼玉銀行(現りそな銀行)に入行。18歳で夜間中学を卒業。父親の死亡に伴い20歳で莫大な借金を背負いながらも独力で完済。その間、並はずれた向学心から、独学で法律、経済、経営、哲学、歴史を修めた苦学力行の人。
 
 最年少で課長に抜擢され、日本ではじめてコンピュータオンライン化するなど、その先見性が広く注目され銀行の筆頭専務にまで上りつめました。60歳になって大赤字と労働紛争で危機に陥った会社の助っ人となり、40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し、数々の企業再建の名人として知られたといわれています。
 

         参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社
 

■■ 采 根 譚 (解説:井原隆一)  :  前集 六 ■■ 
 
    和気なかるべからず
 

【読み下し文】
 

 和()()なかるべからず

 
疾風(しっぷう)怒雨(どう)には、禽鳥(きんちょう)も戚々(せきせき)たり。霽日(せいじつ)光風(こうふう)には、草木(そうもく)も欣々(きんきん)たり。見るべし、天地に一日(いちじつ)も和気(わき)なかるべからず、人心(じんしん)に一日(いちじつ)も喜神(きしん)なかるべからずを。
 
(厳しい雨や風には、鳥も恐れ憂える。晴れて風の穏やかな日には、草木も喜んでいる様にみえる。だから、天地には一日たりともおだやかな陽気がなくてはならないし、)人間一日たりとも喜び楽しむ心がなくてはならない(自分の心の暗さは他人の心まで暗くしてしまうものである。心の持ち方一つで明るくもなり暗くもなる)。
 
【解説に出てくるキーワード】
 
 困難を嘆かず、可能を信ずる。
 
 「怒る原因の多くは、自分の責任にあるからで、相手を怒る前に自分を怒らねばならないし、怒って威厳を保つよりも、笑顔で保ったほうがよい」と井原氏は言う。
 
・ 【禽鳥(きんちょう)】  とり。
・ 【戚々(せきせき)】   憂い恐れる事。
・ 【霽日(せいじつ)】   晴れた日 といし。
・ 【和気(わき)】      おだやかな陽気。
・ 【喜神(きしん)】     喜びの心

【コメント】
 
 活き活きと生きる人生の「心」の経営術、性善説の人生哲学として采根譚は訳されています。嵐の日は鳥までも寂しく悲しげでありますが、晴れた穏やかな日は草木もいかにも楽しげです。自然には、たとえ一日でも穏やかで和らぐ日があります。人の心もたとえ一日でも喜ぶ気持ちがなければならないのです。
 
 つまり「無心に生きなさい」という事です。
 
 心に野の花がいっぱい咲き乱れますと、自然に和らいだ満足感に包まれます。人の心にも一日でも喜び和む気持ちが無くてはならないと私は思います。つまり気象が移り変わる中にも快い晴れの日がありますように、人の心の中にも快く喜びや和む気持ちは欠かせないのです。
 
 心のバランスを崩してしまいますと、人間関係にも大きく影響が出てしまうと考えます。ただ、心情が気象と似ているようで違うところは、人間は、相手を思い遣るという善意があれば、よい気が生み出されるという事です。
 
 陽気も陰気も、心の持ち方ひとつです。自然界でも、気持ち良く晴れあがった日には、活き活きとした自然の関係から生まれた調和と喜びがあり、それこそが人間にとっても欠かせない大切な環境であります。私達は、時代時代、それぞれの背景の中で生き方や行動が問われて来ました。厳しい雨や風に襲われれば、鳥までが震え上がるのに対して、晴れた穏やかな日和に恵まれれば、草木までも喜びに溢れるというのです。
 
 時代の変化とともに可能な限り、寛容の精神でコンサルタントとしてクライアント様に接し、人々に満足の心を持ってもらうための支援をしたいと願うものです。
 人の品性は、包容力が大きくなるにつれ向上し、包容力は認識が深まるにつれて大きくなるといわれます。明るいものは、いつも暗いものから生まれ、活人は先の先までを見通して人に接しながら、自他の可能性の芽を摘む事がないといわれています。私達にとって、努めて精進するという事が肝要です。換言すれば、「ご縁は一生の財産と認識すべきである」事に繋がります。
 
 また、仕事が行き詰まり、形勢が悪くなった場合には、その初心が何であったかを考え、原点に戻り、再考する事も重要です。何事に於いても困難を嘆かず、可能を信じ、クライアント様との信頼関係を良好に深めて参りたいものです。
 

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Posted by 経営士 at 12:01【心 de 経営】

2018年03月16日

■■【心de経営】31実践編 采根譚 前集一 万古の凄涼を取ることなかれ

■■【心de経営】31実践編 采根譚  前集一 万古の凄涼を取ることなかれ


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。



 『采根譚』の著者は洪自誠といわれ、日本に江戸時代中期に伝えられ、以来知識人の隠れた教養書として、明治以降も多くの人々に愛読されてきました。『采根譚』の書名は宋代の学者(思想家)汪信民の「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」によると言われています。

「菜根」すなわち、「野菜の根は硬く筋が多いが、これをよく咬みうる者のみが、物の真の味を味わうことが出来る」ということを意味しています。また「菜根」は貧しい生活、暮らしをいうことから、貧苦に十分耐え得るもののみが人生百般の事業を達成できることも意味しています。

『采根譚』が日本に紹介されたのは江戸時代中期、加賀前田藩の儒者、林瑜(はやしゆ)が紹介したのが初めとされています。いらいおびただしい数の復刻本が出版され、中国よりも、日本で広く愛読されてきました。実業・ビジネスの世界で活躍されている多くの人々に、心の指南書として親しまれてきました。時が移り人が変わっても、変わる事のない哲理を今に活かそうとしているからだと思っています。

 この『采根譚』は前集、後集合わせて357編からなり前集の222編は現実を生きる処世の智恵を説き、後集134編は心豊かな閉居の楽しみを語ったものが多いとされています。

 それでは、解説者・井原隆一氏のプロフィールをご紹介します。

 1910年埼玉県生まれ。14歳で埼玉銀行(現りそな銀行)に入行。18歳で夜間中学を卒業。父親の死亡に伴い20歳で莫大な借金を背負いながらも独力で完済。その間、並はずれた向学心から、独学で、法律、経済、経営、哲学、歴史を修めた苦学力行の人。最年少で課長に抜擢され、日本ではじめてコンピュータオンライン化するなど、その先見性が広く注目され銀行の筆頭専務にまで上りつめました。60歳になって大赤字と労働紛争で危機に陥った会社の助っ人となり、40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し、数々の企業再建の名人として知られたといわれています。


         参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社
 

■■ 采 根 譚 (解説:井原隆一)  :  前集 一 ■■ 
 
    万古の凄涼を取ることなかれ
 

【読み下し文】
 
  万古(ばんこ) の凄涼(せいりょう) を取ることなかれ
道徳を棲守(せいしゅ)する者は、一時の寂寞(せきばく)たり。権勢(けんせい)に依阿(いあ)する者は、万古に凄涼たり。達人は物外の物を観じ、身後の身を思う。寧ろ一時の寂寞(せきばく)を受くる藻、万古の凄涼をとることなかれ。

徳に従がって人間としての道を守り通そうとする者は、一時的には不遇で、苦境にたたされることもある。権力におもねりへつらう人間は、一時的には栄進しても名利も得られるし、虎の威を借りて居心地も良いが、やがては永遠の孤独に苦しむことになる。

 ・寂寞(せきばく) : ひっそりと寂しいさま。 
 ・依阿(いあ) : もたれ、おもねる。 
 ・万古 : 永遠に。
 ・凄涼(せいりょう) : ぞっとする程もの寂しいこと。 
 ・身後(しんご)の身: 死後に保たれるもの


【コメント】 

 達人は常に真実を見つめ、死後の生命をも考えるといいます。そこで人間としては寧ろ一時的に不遇であっても永遠の孤立をまねく道を歩んではならないということです。
 
 (特)日本経営士協会の会員にとって最も必要とし、コンサルタントとしての道を卓越したものにするためには、何を極める事が大切なのかを熟慮しながら多くを学び、個人の目標確立のために全力を投入し、達人にみる「真理を守り抜く」こととして真のコンサルタントを目指すようにしたいと願うのです。
 
 人間としての人格の向上、品格・品性を身につけ、生涯を生きてゆくことで本当に大切なことは「今、この瞬間」の積み重ねだと思います。自分の決めた課題を毎日堅実にクリアしてゆくことは自信に繋がります。
 
 先の大地震・津波の際、整然とした日本人の生活態度とマナー等、世界中から絶賛の声が聴かれました。日本人が培ってきた辛抱強く美しい思い遣りの心なのです。
 

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Posted by 経営士 at 12:01【心 de 経営】

2018年03月13日

■【心 de 経営】49 企業のブランド戦略創造への挑戦 12 最終章

■【心 de 経営】49 企業のブランド戦略創造への挑戦 12 最終章

【筆者紹介】  日本経営士協会理事長 経営士   藤原 久子

 北海道札幌市出身、20年間の専業主婦を経て、会計事務所に約4年半勤務。その後平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し、代表取締役として現在に至る。従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、企業の永続的発展を願う。
 平成22年には横浜型地域貢献企業の最上位を受賞、続いてグッドバランスの受賞により、新聞、雑誌の掲載をはじめ、ラジオやWebTV(日本の社長100・神奈川県社長t v)に出演したりして、各種メディアで紹介されている。




■ ご挨拶
 自社の経営に当たりまして、何かと忙しい経営者に安心して事業に専念してほしいとの想いと、そして忙しい経営者に、私たちからは「もっと心の通いあうサービス提供を」という原点を忘れてはならないと常に考えております。また、「顧客第一主義」と「企業は人なり」の精神を揺るぎないものとして持ち続けることも大切です。

 その信念に「学び」をプラスして更なる人間的魅力を形成してはじめて、従業員やお客様から信頼されるのです。そのためにも、まず自分自身を磨くことが大切です。

 人にはそれぞれ自分なりの生き方があります。経営者様をはじめ、これから経営者として歩み始めるみなさまや経営コンサルタント・士業の気づきや学ぶ機会になれば、これほどに嬉しいことはございません。


 持続可能な目標設定と行動計画は、企業が株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等に於いて、ステークホルダーの価値観を理解し価値の最大化が求められる為、経営者の社会的責任つまり企業存続維持の責任があり、経済的責任が問われるものであります。

 企業とNPOのパーソナルシップに関心を寄せて価値共創経営を支えるのは、有効な取り組みといえます。


■ 企業のブランド戦略創造への挑戦[最終章]

「価値提供」から「価値共創」へと大きな視点の転換を考策することによって、企業ブランド・地域ブランド・グローバルブランドの問題、技術ブランド等、共通の関心事として研究会やコンサルティングに活かして参りたいと思います。

 今後の(特)日本経営士協会の歩みの中で、常に自分自身との戦いであること、挑戦し続けるところに意味があると感じます。

 共創には3つのタイプがあるといわれ、その一つは価値を生み出したい企業が自社のみで不足の部分を他者との連携、協力で解決してゆこうとする仕組みです。

 3つのタイプに欠かす事の出来ない思想が[オープン]です。他の思想を自分自身置き換えることができるのです。つまり成果を共有し、そこから追加価値を高めることができます。

 そして結果を共有し、拡大してゆく経済発展のためにお客様との関係を深化させていく事に繋がります。

 例えば製造業であっても魅力的な価値を物に取組み、その価値で顧客の購買意欲をかきたてられる前提で製作してきました。

 ここで物を作って提供するだけではなく、その後の使用段階でもサービスを提供し続ける関係をつくっていく事がビジネスにおける価値を生み出す原動力として[共創]の意味と真摯に向き合い、誠実にコミュニケーションを重ねる企業のみに自社の商品やサービスのファンを増やしていくための、地道な取り組みになりましょう。

 企業内に於ける人材が主体的に動き、有機的に役割を補い合うことで、新しいアイディアを顧客の為に生み出すことが出来る様になります。

 職場で生まれる経験価値を高めると同時に顧客経験価値を向上させることができるのです。

 従業員一人ひとりが企業のビジョンや経営理念などを深く理解、納得し当事者意識を持って行動する様促し、最終的には企業価値の向上につながります。

 このことは全ての組織体制に通じる事象でコミュニケーションを円滑に行うための基礎を構築し、ビジネスにおける共創を発展、定着させより良い社会の創造に向けて活動の輪を拡げ、実践し続けて行きたいと思います。


 本年度最終の[ブランド戦略]連載になりました。

 私なりに思いのままに綴りお届けするには足りないものが数多く御座いましたことへの反省とともに、新年度以降はまた別の切り口でお届けしたいと考えておりますので、宜しくお願い申し上げます。

 

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Posted by 経営士 at 12:01【心 de 経営】

2018年03月09日

■■【心de経営】30実践編 采根譚 前集147 精神は万古に新たなる

■■【心de経営】30実践編 采根譚  前集147 精神は万古に新たなる


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


 

■【第一連載】────────────────────────────■

     ■■ 采 根 譚 (解説:井原隆一)  :  前集147 ■■

        精 神 は 万 古 に 新 た な る
 
           日本経営士協会理事長 経営士 藤原 久子

■──────────────────────────────────■

【筆者紹介】

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。平素、自社においては、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、「心で経営」を実践し、経営士・コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見や解決策の提案や業務改善案・経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

   現職:特定非営利活動法人日本経営士協会理事長、経営士


『采根譚』の著者は洪自誠といわれ、日本に江戸時代中期に伝えられ、以来知識人の隠れた教養書として、明治以降も多くの人々に愛読されてきました。『采根譚』の書名は宋代の学者(思想家)汪信民の「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」によると言われています。

「菜根」すなわち、野菜の根は硬く筋が多いですが、これをよく咬みうる者のみが、物の真の味を味わうことが出来る、ということを意味しています。また「菜根」は貧しい生活、暮らしをいうことから、貧苦に十分耐え得るもののみが人生百般の事業を達成できることも意味しています。

『采根譚』が日本に紹介されたのは江戸時代中期、加賀前田藩の儒者、林瑜(はやしゆ)が紹介したのが初めとされています。以来おびただしい数の復刻本が出版され、中国よりも、日本で広く愛読されてきました。実業・ビジネスの世界で活躍されている多くの人々に、心の指南書として親しまれてきました。時が移り人が変わっても、変わる事のない哲理を今に活かそうとしているからだと思っています。
 この『采根譚』は前集、後集合わせて357編からなり前集の222編は現実を生きる処世の智恵を説き、後集134編は心豊かな閉居の楽しみを語ったものが多いとされています。

 それでは、解説者・井原隆一氏のプロフィールをご紹介します。1910年に埼玉県で生まれました。14歳で埼玉銀行(現りそな銀行)に入行し、18歳で夜間中学を卒業しました。父親の死亡に伴い20歳で莫大な借金を背負いながらも独力で完済したのです。その間、並はずれた向学心から、独学で、法律、経済、経営、哲学、歴史を修めた苦学力行の人といえます。

 最年少で課長に抜擢され、日本ではじめてコンピュータのオンライン化するなど、その先見性が広く注目され銀行の筆頭専務にまで上りつめました。60歳になって大赤字と労働紛争で危機に陥った会社の助っ人となり、40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し、数々の企業再建の名人として知られるようになったといわれています。

         参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社


 ■■ 采 根 譚 (解説:井原隆一)  :  前集147 ■■ 

        精神は万古に新たなる
 
【読み下し文】

    精(せい) 神(しん)は 万(ばん) 古(こ) に
         新(あら) た な る

 事業文章は身に隋(したが)って銷毀(しょうき)すれども、精神は万古に新たなるが如し。


 功名富貴(こうみょうふうき)は世を遂(お)うて転移すれども、気節(きせつ)は千載(せんざい)に一日(いちじつ)なり。


 君子は信(まこと)に当(まさ)に彼を以て此れに易(か)うべからざるなり。


【口語訳】

 どんな事業・学問でも、死んでしまえば肉体と共に滅んでしまうが、人の精神は永遠で日々新たに生き続ける。


 地位・財産も時の流れにつれて人に移ったり、価値を失ったりしてしまうが、人の節操は千年の後になっても変わることはなく、尊いものである。したがって、人々はよくこれを自覚し、本末を誤ってはならない。


【解説に出てくるキーワード】

「創業は易く守成は難し」【『貞観政要』】唐の太宗から、「帝王の事業は、創業と守成といずれが難しいか」と問われたとき、側近の魏徴(ぎちょう)が答えた言葉。ちなみに宰相(さいそう)の房玄齢(ぼうげんれい)は「創業の方が困難です」と答えた。


 前集147につきましては、実は私の「座右の銘」として掲げ、雑誌・セミナー等でご紹介させていただいておりますが、私の創業時の心根でもあります。


【コメント】

 自分の生き方の模範や戒めのために、日頃から大切にしている言葉や信条を「座右の銘」として、私が起業した頃を振り返ってみますと、当初は純粋な気持ちで単に事業の継続を願いつつ5年先の姿を創造(単なる「想像」ではありません)しながら事業展開をして参りました。

 たとえすべての物資がなくなっても自らの生き方、歩みは尊く後世に残るという、つまり人の精神は永遠に生き続けることになります。そこから道理を守って生きることによって出来る限り寛容の心で人に接し、不満の心を抱かない様にしたいと思いますし、また世をさった後にも、できるだけ恩恵を残して多くの人々に満足の心を持ってもらいたいと願うのです。

 一歩下がる事が、さらに前進するための土台になり、人のためを考えることが結果的に自分に利益をもたらす基礎となります。常に冷静な眼で他人を観察し、冷静な耳で言葉を傾聴し、冷静な感情で道理を考えるという意味においては「采根譚」の解説者である井原隆一氏に見る生き方そのものの様に感じます。それは本来の経営士・コンサルタントの鏡でもあるかと思います。

 一方で富貴の人に近づこうとしないのは、ある意味潔癖であると思いますが、私は近づいても、その影響に染まらないのが本当の潔癖というものと考えます。世の中の手練手管など知らないほうがよろしいのですが、知りながらも決して用いようとしないのが、本当の人格者だと思います。企業経営においても、同様の精神が求められ、本当の意味における経営者様の「心」を感じ取り、コンサルタントとして困難を乗り越えた先に、人間として磨かれると信じます。

 日本経営士協会の歴史には、先人の智恵からなる財産や素晴らしい格式と伝統があります。とりわけ直近の10年余に今井会長か蓄積して下さいました経営士・コンサルタントのノウハウは、日本経営士協会の財産、宝物として今後に活かしていかなければなりません。会員活動指針であります三共「共業・共用・共育」の精神を継承してゆく中で、共に成長してゆく事がやがて協会の発展にも繋がる事と確信致します。

 何事に於いても謙虚な心で傾聴、そして研鑽を重ね学んでゆく事こそが未来の輝く星となって成長してゆく事を期待しております。会員の皆々様の心がひとつになり、前進していくことを強く願っています。

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Posted by 経営士 at 12:01【心 de 経営】

2018年02月23日

■【心 de 経営】48 企業のブランド戦略創造への挑戦 11 未来企業を再考

■【心 de 経営】48 企業のブランド戦略創造への挑戦 11 未来企業を再考

 

【筆者紹介】  日本経営士協会理事長 経営士   藤原 久子

 北海道札幌市出身、20年間の専業主婦を経て、会計事務所に約4年半勤務。その後平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し、代表取締役として現在に至る。従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、企業の永続的発展を願う。
 平成22年には横浜型地域貢献企業の最上位を受賞、続いてグッドバランスの受賞により、新聞、雑誌の掲載をはじめ、ラジオやWebTV(日本の社長100・神奈川県社長t v)に出演したりして、各種メディアで紹介されている。
 



■ ご挨拶
 
 自社の経営に当たりまして、何かと忙しい経営者に安心して事業に専念してほしいとの想いと、そして忙しい経営者に、私たちからは「もっと心の通いあうサービス提供を」という原点を忘れてはならないと常に考えております。また、「顧客第一主義」と「企業は人なり」の精神を揺るぎないものとして持ち続けることも大切です。
 
 その信念に「学び」をプラスして更なる人間的魅力を形成してはじめて、従業員やお客様から信頼されるのです。そのためにも、まず自分自身を磨くことが大切です。
 
 人にはそれぞれ自分なりの生き方があります。経営者様をはじめ、これから経営者として歩み始めるみなさまや経営コンサルタント・士業の気づきや学ぶ機会になれば、これほどに嬉しいことはございません。
 
 持続可能な目標設定と行動計画は、企業が株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等に於いて、ステークホルダーの価値観を理解し価値の最大化が求められる為、経営者の社会的責任つまり企業存続維持の責任があり、経済的責任が問われるものであります。
 企業とNPOのパーソナルシップに関心を寄せて価値共創経営を支えるのは、有効な取り組みといえます。

■ 未来企業を再考

 価値はいかに共創されるか「喜びの創造」の実現を目指して、源流の強化に重点をおいて見直すことにしたい。

 それは顧客満足にはじまり地域を横断的にサービスの提供が出来る体制になる様、情熱を込めて作って行きたいと思っています。


 人々の生活を支援し、人生に意味を与えるための手段である。

 深くて広いブランド認知やユニークなブランドをいかにして創り出すかがブランド構築の課題となりますが、消費者情報に依存する形で、プロセスにおいてブランド知識が果たす役割や効果に主として関心が向けられてきました。

 つまり情報ベースのブランド観であります。新たに意味ベースのブランド観も考えてみることにしたいと思います。


 前者の従来型のブランド観においてのブランドは情報であり、プロセスを支援する手段であり、リスク削減や意思決定を明確にするために受動的な立場に位置づけられ、ブランド資産を所有するのは企業であるという認識でありました。


 後者のブランド観は人々の生活を支援し、人生に意味を与えるための手段であるとの考えです。

 人々はブランドの意味における作り手として位置づけられ、企業はブランドの意味を創造する主体の1つに過ぎないという認識も含め自身の軸足をどこにおくかがポイントになりそうです。


 繊細な視点で事物の関係性を捉えたユダヤ人の社会学者ジンメルは、水差しの取っ手に世界の架橋を見てとったとのことです。

 事物関係性やつながりの洞察は、ブランドを通じた企業と消費者との結びつきや、消費者世界におけるブランドの意味の重要性を理解して組織運営に挑みたいと思います。

 

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Posted by 経営士 at 12:01Comments(0)【心 de 経営】

2018年02月16日

■■【心de経営】 実践編 18 未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わ

■■【心de経営】 実践編 18 未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わ


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。

【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。


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 本メルマガで【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が私の愛読書の一つとなっています。


 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。


 何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「おきあがりこぼし」と同意)として行き抜いて、人間の持っていた自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。


 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準のトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。その前の5歳のときから既に文章を読む事を教えられていて、学ぶという基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。


■■ 渋沢栄一の論語講義 : 学而第1-7-7 ■■

  未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わ



 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。



◆ 学而(がくじ)第1-7-7

  未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わ
 
【読み】

未(いま)だ学ばずと日(い)うと雖(いえど)も、吾(われ)は必ず之を学びたりと謂(い)わん


子夏曰く、賢賢(けんけん)たるかな易(とかげ)の色や、とあり。父母を事(つか)得ては能(よ)く其の力を竭(つく)し、君に事(つか)えては能(よ)くその身を致し、朋友と交わり、言いて信あらば、未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わん。


【口語訳】

 子夏曰く、蜥蜴(とかげ)の色は賢々として周囲に応じて変わるもの、という古語がある。これは人間が父母に仕えるときには、その力のある限りを尽くし、君に仕えるときには、その身命すらも捧げ、朋友と交わる時には、言ったことには責任を持つ事の譬(たと)えである。この様な人は、もし学問をしたことがないと世間からみなされていても、私ならば、そういう実践こそが学問で、この古語の意味を真にわきまえた人だと断言してはばからない。


 世間の一般通念として学問をしたと言えない人でも、其の行為が道にかなっていれば、それこそ学問をしたと言えるという、この発想は極めて論理的な発想で、孔子思想のもっとも鮮やかな特色が論語の中で随所に見られる。実はこのような伝統的な、何気ない言葉に新しい解釈を吹き込んで教え、同じように人生の目的、人間の生き方にも、この新しい言葉の概念によって指標を示したところである。


        参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社


【コメント】

 ご紹介の一節では、学問と実践の共有性を説いています。「論語読みの論語知らず」という言葉があるように哲学を学んでも日々の行いに生かさなければ何もならず、人間同士の愛情や優しさのようなものが、人道的な文明社会の根底にあると考える必要性を含め、賢人を賢人として尊敬しなければならないことを伝授しています。


 企業経営に於いても同様の考えの下で永続的発展を遂げなければいけません。企業の成長のためにトップに求められるものは、自身の生き方そのものであると思います。つまりすべてを弁えて実践してゆくことこそが実は学問をしていることに繋がっているというこの思想には深い意味を感じます。


 経営コンサルタントの立場で、企業診断をさせて戴く折に、成長する企業には秘められた何かが有る事に気付かされます。それは、経営者ご自身の人生観・生き方にあるといっても過言では無いと信じます。


 また多くの方は揺るぎない信念のもとに限りなく豊かな感性を持ち、日々研鑚を積んでいます。


 コンサルタントとしてのプロフェッショナルを目指す為には、人は死ぬまで『学び』という言葉も心地よく聴こえて参ります。「人の道」を誠実に真摯に謙虚に歩み続けることに徹し、常に自分の生き方を振り返りながら先人の教えを紐解きつつ、時代に即応した歩調で前進して参りましょう。背中を多くの方達から押し、支えて戴けるように倫理的行動規範が必須となり社会貢献を目指したいものです。


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2018年02月13日

■■【心de経営】 実践編37 采根譚 前集 八十五 間中に放過せざる

■■【心de経営】 実践編37 采根譚  前集 八十五 間中に放過せざる



【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏


 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。


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 『采根譚』の著者は洪自誠といわれ、日本に江戸時代中期に伝えられ、以来知識人の隠れた教養書として、明治以降も多くの人々に愛読されてきました。『采根譚』の書名は宋代の学者(思想家)汪信民の「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし」によると言われています。「菜根」すなわち、野菜の根は硬く筋が多いが、これをよく咬みうる者のみが、物の真の味を味わうことが出来る、ということを意味しています。


 また「菜根」は貧しい生活、暮らしをいうことから、貧苦に十分耐え得るもののみが人生百般の事業を達成できることも意味しています。『采根譚』が日本に紹介されたのは江戸時代中期、加賀前田藩の儒者、林瑜(はやしゆ)が紹介したのが初めとされています。いらいおびただしい数の復刻本が出版され、中国よりも、日本で広く愛読されてきました。実業・ビジネスの世界で活躍されている多くの人々に、心の指南書として親しまれてきました。時が移り人が変わっても、変わる事のない哲理を今に活かそうとしているからだと思っています。


 この『采根譚』は前集、後集合わせて357編からなり前集の222編は現実を生きる処世の智恵を説き、後集134編は心豊かな閉居の楽しみを語ったものが多いとされています。


 それでは、解説者・井原隆一氏のプロフィールをご紹介します。1910年埼玉県生まれ。14歳で埼玉銀行(現りそな銀行)に入行。18歳で夜間中学を卒業。父親の死亡に伴い20歳で莫大な借金を背負いながらも独力で完済。その間、並はずれた向学心から、独学で法律、経済、経営、哲学、歴史を修めた苦学力行の人。


 最年少で課長に抜擢され、日本ではじめてコンピュータオンライン化するなど、その先見性が広く注目され銀行の筆頭専務にまで上りつめました。60歳になって大赤字と労働紛争で危機に陥った会社の助っ人となり、40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し、数々の企業再建の名人として知られたといわれています。



         参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社
 

■■ 采 根 譚 (解説:井原隆一)  :  前集 八十五 ■■ 
 
     間中 (かんちゅう)に放過 (ほうか)せざる
 

【読み下し文】
 

 間中(かんちゅう)に放過(ほうか)せざれば、忙処(ぼうしょ)に受用(じゅよう)あり。

 静中(せいちゅう)に落空(らっくう)せざれば、動処(どうしょ)受用(じゅよう)あり。

 暗中(あんちゅう)に欺隠(ぎいん)せざれば、明処(めいしょ)に受用(じゅよう)あり。

 

 暇な時でも時間を無駄にしないようにしていれば、多忙になった時それが役に立つ。

 静かに休んでいる時でも心を緩めないようにすれば、活動するときに役立つ。

  人目につかないところでも良心に叛かないようにすれば、人前に出た時に役立つ。

 
 
【解説に出てくるキーワード
 

 石坂泰三(いしざか たいぞう)のプロフィルを掲げ、生き方を感じ取るよう促している。東京帝国大学卒。旧逓信省に入省後、第一生命社長に就任。東芝の取締役。1956年経団連第二代会長に就任。日本商工会議所会頭の藤山愛一郎とともに、当時の鳩山一郎首相に退陣を求め、経団連会長が「財界総理」と呼ばれるきっかけを作った。アラビア石油会長なども務めた。人格の修養を目指しながら学問を学んで得た教養の心髄を体得する様心得たいものである。

   参考文献 采根譚 (解説:井原隆一)  プレジデント社



【コメント】

 人の品性は包容力の大きさにあるとするなら、認識を深めていくことだという。

 自らの心に打ち勝つ、そして心をコントロールしてゆくことによって妨害に打ち勝ち人格を磨き、努力していればいつかどこかで何かの役にたつ、人生で成功する秘訣は、チャンスが来た時に準備が出来ているかどうかであって準備ができていれば必ずチャンスはまわってくるという。


 また壁にぶっかったら別の道を見つけて進むもよし。

 見渡せば、それまで気付かなかったいろいろな道が見つかる。

 迷い道には発見があり、回り道に出会いがある。

 多くの経験に加え学びながら視野を広げたり、資格をとったりして、次のチャンスに備える準備を怠らない事が結果に繋がるという事になります。


 なにごとも継続することによって、日頃研鑚したものが、やがて花開く事になります。

 諦めず人間本来の輝きを持っている人が真に立派な人物であり、穏やかな春風が冷たい氷を解かす様に、自然と改心してゆくことで人格の向上を図る事に繋がります。

 常に前向きの精神で尽力し続け、寛大で温かい心がすべてのものを成長させると信じます。



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【経営コンサルタントの育成と資格付与】


 日本経営士協会は、ご存知かと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。


 詳しくは、サイトでご覧下さい。 


 日本最古の経営コンサルタント団体・日本経営士協会とは
 資格取得についてや入会の手続等
 コンサルタントへの依頼、講師捜しに関する情報
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 経営や管理などに関する各種有益情報
 経営コンサルタントによるセミナー
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 会員専用のID/パスワードが必要です
  


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2018年02月09日

■■【心de経営】 19 実践編  学んで思わざれば罔し。思って学ばざれば殆うし

■■【心de経営】 19 実践編  学んで思わざれば罔し。思って学ばざれば殆うし


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。

【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。


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 本メルマガで【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が私の愛読書の一つとなっています。

 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。

 日本経営士協会に於いては【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が愛読書の一つとなっています。中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(治国平天下:国を治め天下を平和に保つ事)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、論語は個人的規範が主体になっています。そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」)と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。



■■ 渋沢栄一の論語講義 : 為政第2-15 31 ■■


 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。


◆ 為政第2-15 31

  学んで思わざれば罔し。思って学ばざれば殆うし
 
【読み】

 子曰く、学んで思わざれば罔(くら)し。思って学ばざれば殆(あや)うし。


【口語訳】

 子曰く、教わるばかりで、自ら思索しなければ、独創がない。自分で考えるだけで教えを仰ぐことをしなければ大きな陥(おと)し穴にはまる。


 「教えありて類なし」【論語】衛霊公第15-38-417 人間の差違は教育の差であり、人種の差でない。ちなみに、渋沢栄一の「論語講義」では「教うるあって類なし」と読み下し、こう解釈している。「それ政教の民を化するや、人の知愚・貴賤、習気の善悪・世類の美悪等の種類あることなし」。


 「性、相い近し。習い相い遠し」【論語】陽貨第17-2-436宮崎市定氏の口語訳「生まれ月は互いに似たものだが、習慣によって人間がすっかり変わってくる」。「教えありて類なし」「性、相い近し。習い相い遠し」の二つは、孔子が教育の大切さを説いたものとして、よくしられている。山本七平さんは、学ぶというのは、それを用いて探究する、すなわち思う事を始める基本になるもので、これは孔子の教育論の一番基本となっている、と解説している。

        参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社

【コメント】

 書籍を読み、セミナーに参加していろいろな角度・視点から思索を深めても、それを具体的に実行し、確認することや、せっかく学んでも、そこから何をどれだけ考えたか、というステップを踏まなければ確かな知識とはなりません。教えを受けただけで、自ら思索しなければ決して道理を理解することはできません。


 つまりいくら知識を学んでも、思索しなければ、物事を本当に理解することはできませんし、逆にいくら思索をしても、知識を学ばなければ、独断に陥って視野が狭くなり危険であると教示しているのです。


 この思想は企業経営にも繋がり、日本経営士協会に於いても各種の学びの場を生涯教育として会員様は切磋琢磨して「共用・共業・共育」を唱え実践を目指しております。思ったことを探求してゆくと同時に、常に柔軟に学ぶ姿勢を崩さないこと、つまり生涯知的関心を消さず、生涯情熱を失わない事が大切であると痛感しております。物事をプロフェッショナルに探究し続けるためには限界に挑戦する心が必要であると感じます。


 企業経営に於いても同様の考えの下で永続的発展を遂げなければいけません。企業の成長のためにトップに求められるものは、自身の生き方そのものであると思います。つまりすべてを弁えて実践してゆくことこそが実は学問をしていることに繋がっているというこの思想には深い意味を感じます。


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2018年01月26日

■■【心de経営】20 実践編 仁以て己が任と為す。亦た重からずや

■■【心de経営】20 実践編 仁以て己が任と為す。亦た重からずや


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。

【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

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 本メルマガで【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が私の愛読書の一つとなっています。

 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。

 そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。

 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。

 その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。

■■ 渋沢栄一の論語講義 : 泰伯第8-7 191 ■■


 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。


◆ 為政第2-15 31

  仁以て己が任と為す。亦た重からずや

 
【読み】

 曾子曰く、士は以て弘毅(こうき)ならざるべからず。任重くして道遠し。仁(じん)以(もっ)て己(おの)が任と為す。亦(ま)た重(おも)からずや。死して後已(のちや)む。亦(ま)た遠からずや。

【口語訳】

曾子曰く、学徒たる者は、重みに耐える強さ、遠くまで続く粘りがなければだめだ。仁の追求を任務に背負っているのだから、こんな重荷はない。死ぬまで続く生涯教育だから、こんな遠い道はない。

「任重くして道遠し」と家康の生涯を渋沢栄一は『論語講義』で、徳川家康こそこの章句の実現者であるとし、その生涯について、次の様に語っている。

《もっともよく体験したる人は、東照公徳川家康である。家康の一生この章句の露現である。関ヶ原の戦争に克ちて、(略)子孫にのこしたる遺訓の文いわく、「人の一生は重荷を負いて遠き道をいくがごとし」学問あり、思慮あり、見識あり、忍耐あり、節制あり、自己の力を以て自己の運命を開拓したる成功者の、実験中より得たる、知恵の結晶というべきものなり》と解説しております

        参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社

【コメント】

 何事につけても任務を遂行するためには、度量が広く包容力があって意志強固でなければ仁道の実践は出来ず、重責の道は遠くにあるのでないかと思うのです。人生を生き抜く羅針盤として読み継がれ、私共に誤りなき歩みの道をしめしてくれているこの章句は、「死ぬまで続く生涯教育だからこそこんなに遠い道はない」と結んでいるところに、一種の感慨深いものがあります。幸い長寿社会に生かされ、道徳教育の貴さを知り、心を広く、志を強くもって社会貢献に繋ぐための一助になることを願うものです。

 経営コンサルタントとして企業を診断する場合に於いても遵守すべき事項を念頭におきながら、常に謙虚さを忘れず、自己責任で業務を遂行することと考えています。また思いやりを忘れずコミュニケーションよくタイムリーに報連相を実践して、プロのコンサルタントとしての資質の向上に努めなければいけません。クライアントからの信頼を得るためには創意工夫が必要ですが、倫理的思考・複々線思考による言動が求められます。

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Posted by 経営士 at 12:01Comments(0)【心 de 経営】

2018年01月19日

■■【心de経営】21 実践編 其れ恕か。己れの欲せざる所は人に施すことなかれ

■■【心de経営】21 実践編 其れ恕か。己れの欲せざる所は人に施すことなかれ


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏


 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。


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 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。

 そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。

 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。

 その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。



■■ 渋沢栄一の論語講義 : 衛霊公第15-23 402 ■■


 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。



◆ 衛霊公第15-23 402

  其れ恕か。己れの欲せざる所は人に施すことなかれ


【読み】

 子貢(しこう)、問うて曰く、一言にして以て終身これを行うべきものあるか。子曰く、其(そ)れ恕(じょ)か。己れの欲せざる所は人に施(ほどこ)すことなかれ。


【口語訳】

 子貢が尋ねた。簡単に一言で、生涯それを行う価値のあるものがありましょうか。子曰く、それは恕、人の身になることだ。人の身になってみたら、自分の欲しない事を、人に加えることなどできるものではない


【解説に出てくるキーワード】

 「参(しん)や、吾が道は一以て之を貫く・・・夫子(ふうし)の道は忠恕のみ」【『論語』里仁第4-15 (81)参とは曾子のこと。解説者山本七平さんは、孔子が「一以て」の問答で、曾子と子貢とで、字句が異なることを次のように解説している。 「曾子には『一以て之を貫く』の一の意味するところを『忠恕』と言っていまして、子貢にはただ一言『恕』と言っています。(こうした違いを指して)『論語』はずいぶん矛盾したことを言っている、一貫していない、と言うのはちょっとおかしいのです。本当の教育は、人を見てそれぞれに対して言う言葉が違って当然で、一律一体同じことを言っていれば、むしろその方がおかしい」


        参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社


【コメント】

 ここでは「自分がされたくないと思う事は、他人に対してしてはならない」という事から一言で生涯の行為を律すべき言葉を、それは「恕(じょ)」と申しております。


 そこで組織運営では、こうした心理を生かした道徳的リーダーシップが求められるということは、注目すべき事実であります。他方では、人それぞれに考え方も環境も異なります。あらゆる場面を想定して、より広く社会から容認される倫理的価値を創造することが必要です。また、価値が多元的な現代社会の中では、それなしに、経営が永続的に存続・発展してゆくことは困難と考えます。


 失敗や挫折の多くは、社会的に全体的な配慮を欠いた結果といえましょう。また組織内に倫理感を浸透させる事によって経営者自身の揺るぎない理念の心髄を持続させる事ができるのです。加えてコミュニケーション能力により倫理を遵守した、責任ある言動により、自立した企業体へと導く事が重要です。


 社会全般にモラルを問い正す機運が高まる中、実践的な道筋の必要性を全ての人々に再考して戴きたいと願うものです。


 私達人間は、他者との協働や組織の成長とともに、やがては社会貢献に繋がる「恕」の生き方をしたいと考えます。


 そこで人間の持っている「智」で人間関係を築き、行動を起こすことは最重要項目であります。しかも、それらに纏わる手段には熟慮が必要です。「本当の教育とは、人を見てそれぞれに対して言う言葉が違って当然で、一律一体、同じことを言っていれば、むしろその方がおかしい」と述べられていますが、正にその通りと考えます。


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2018年01月12日

■■【心de経営】22 実践編 為政第2-1 17 政を為すに徳を以てす

■■【心de経営】22 実践編 為政第2-1 17 政を為すに徳を以てす


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

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 本メルマガで【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が私の愛読書の一つとなっています。


 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。


 そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。


 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。


 その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。


■ 渋沢栄一の論語講義 : 為政第2-1 17

  政を為すに徳を以てす


■【読み】

政(まつりごと)を為(な)すに徳を以てす

 子曰く、政を為すに徳を以てす。譬えば北辰(ほくしん)の其所(そのところ)に居(お)りて、衆星(しゅうせい)の之に共(むか)うが如(ごと)きなり。


■【口語訳】

 子曰く、政(まつりごと)を成すには徳を以てす、という言葉がある。これは、北極星がその位置を少しも変えず、周りのすべての星が、これを中心に目指しながら回転する様子を譬(たと)えたのである。


                参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社

【コメント】

 「徳の深い政治を行うという事は、ちょうど北極星が天空の一点にいて、そのまわりを他の多くの星がまわっている様子に」譬えているのです。この様子はちょうど北極星がいつも同じ場所にいるのに対し、他の多くの星が北極星を中心に目指して回転運行している状況を指しています。


 言い換えますと「仁の心で恕の政治」を行えば、道徳性を持った信頼する政治ができないものかと考えたのです。徳を慕って集まってくるという北極星のような人物になりたいですし、目指したいと願います。


 民衆を愛する徳を兼ね備えたものが政治にあたるのであれば、天の無数の星を規則正しく運動させる北極星のように、徳を有すトップと無数の人民が最適な場所に布置されることによって国家安泰の政治が出来るというのが孔子の政治哲学であります。


 また孔子が理想とした政治のあり方とは有徳の君子が「仁・義・礼・智・信」の徳をもって率先垂範を旨とする政治をいい、人民に道徳や良心を自発的な社会秩序として生み出そうと尽力したのです。こうした考え方を企業・組織に置き換えて考えると同様の事がいえると思います。


 そこで人間としての歩む道を基軸に、コンサルタントとしてクライアント様の繁栄・成長のために何が必要なのかを常に価値を創出発信し、まわりの環境に変化を齎す様な動きが必要です。個を磨き組織を動かす精神の波動が今、求められているのです。


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2018年01月09日

■【心 de 経営】47 企業のブランド戦略創造への挑戦 新たなブランド観の確立

■【心 de 経営】47 企業のブランド戦略創造への挑戦 新たなブランド観の確立

 

【筆者紹介】  日本経営士協会理事長 経営士   藤原 久子

 北海道札幌市出身、20年間の専業主婦を経て、会計事務所に約4年半勤務。その後平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し、代表取締役として現在に至る。従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、企業の永続的発展を願う。
 平成22年には横浜型地域貢献企業の最上位を受賞、続いてグッドバランスの受賞により、新聞、雑誌の掲載をはじめ、ラジオやWebTV(日本の社長100・神奈川県社長t v)に出演したりして、各種メディアで紹介されている。
 





■ ご挨拶
 

謹 賀 新 年

新春にあたり、(特)日本経営士協会の伝統を継承しブランドの更なる強化を目的として、知名度高揚に努めながら組織運営をしてまいります。

自社の経営に当たりまして、何かと忙しい経営者に安心して事業に専念してほしいとの想いと、そして忙しい経営者に、私たちからは「もっと心の通いあうサービス提供を」という原点を忘れてはならないと常に考えております。また、「顧客第一主義」と「企業は人なり」の精神を揺るぎないものとして持ち続けることも大切です。
その信念に「学び」をプラスして更なる人間的魅力を形成してはじめて、従業員やお客様から信頼されるのです。そのためにも、まず自分自身を磨くことが大切です。
人にはそれぞれ自分なりの生き方があります。経営者様をはじめ、これから経営者として歩み始めるみなさまや経営コンサルタント・士業の気づきや学ぶ機会になれば、これほどに嬉しいことはございません。
 
 持続可能な目標設定と行動計画は、企業が株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等に於いて、ステークホルダーの価値観を理解し価値の最大化が求められる為、経営者の社会的責任つまり企業存続維持の責任があり、経済的責任が問われるものであります。
 企業とNPOのパーソナルシップに関心を寄せて価値共創経営を支えるのは、有効な取り組みといえます。

■ 新たなブランド観の確立
 

 価値はいかに共創されるか「喜びの創造」の実現を目指して、源流の強化に重点をおいて見直すことにしたい。それは顧客満足にはじまり地域を横断的にサービスの提供が出来る体制になる様、情熱を込めて作って行きたいと思っています。

 人々の生活を支援し、人生に意味を与えるための手段である。

 深くて広いブランド認知やユニークなブランドをいかにして創り出すかがブランド構築の課題となりますが、消費者情報に依存する形で、プロセスにおいてブランド知識が果たす役割や効果に主として関心が向けられてきました。

 つまり情報ベースのブランド観であります。新たに意味ベースのブランド観も考えてみることにしたいと思います。

 前者の従来型のブランド観においてのブランドは情報であり、プロセスを支援する手段であり、リスク削減や意思決定を明確にするために受動的な立場に位置づけられ、ブランド資産を所有するのは企業であるという認識でありました。

 後者のブランド観は人々の生活を支援し、人生に意味を与えるための手段であるとの考えです。

 人々はブランドの意味における作り手として位置づけられ企業はブランドの意味を創造する主体のⅠつに過ぎないという認識も含め自身の軸足をどこにおくかがポイントになりそうです。

 繊細な視点で事物の関係性を捉えたユダヤ人の社会学者ジンメルは、水差しの取っ手に世界の架橋を見てとったとのことです。

 事物関係性やつながりの洞察は、ブランドを通じた企業と消費者との結びつきや、消費者世界におけるブランドの意味の重要性を理解して組織運営に挑みたいと思います。

 
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【経営コンサルタントの育成と資格付与】
 
since 1951 特定非営利活動法人・日本経営士協会
 
 日本経営士協会は、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
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2017年12月29日

■■【心de経営】23 実践編 学而第1-4 4 吾は日に三たび吾が身を省みる

■■【心de経営】23 実践編 学而第1-4 4 吾は日に三たび吾が身を省みる


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。

【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

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 本メルマガで【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が私の愛読書の一つとなっています。

 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。

 そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。

 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。

 その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。

■ 渋沢栄一の論語講義 : 学而第1-4 4

  吾は日に三たび吾が身を省みる

 

■【読み】

吾(われ)は日に三(み)たび吾(わ)が身(み)を省(かえり)みる

 

曾子曰く、吾は日に三たび吾が身を省みる。人の為に謀(はか)りて忠(ちゅう)ならざるか。朋友(ほうゆう)と交わりて信ならざるか。習わざるを伝うるか。

 

■【口語訳】

曾子曰く、自分は毎日三度、自分のしたことを反省する。人の相談に乗ってあげて、十分誠意を尽くしたか。友人と話し合うとき、いい加減なことを言わなかったか。弟子たちに未熟な知識を教えなかつたか。

 

■【解説に出てくるキーワード】

◇『雨夜譚』(うやものがたり)--- 渋沢栄一自伝 ---

激動の幕末維新を背景に渋沢栄一が疾風怒濤の青春を語った自伝。尊攘倒幕の志士、徳川家家臣、明治政府官僚、在野実業家と転身を重ねるが、いつでも現実主
義を貫いた生き方をしてきたことが綴られている。明治20年刊行。

◇「三省」(さんせい)

「日に三たび吾が身を省みる」。この言葉から「三省」という。渋沢栄一の『論語講義』では、三省、つまり「毎日三度、自分のした事を反省する」の意味を、
三度ではなく、しばしばの意なりと解釈している。

                参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社

【コメント】

 曾子は、孔子の門人で、孔子より46歳年下で最年少の弟子でした。孔子から親しく教えを受けたのはわずか数年ですが、孔子を尊敬して忠実に仕え、後世に「孔子の道」を伝えた第一人者です。

 この省では、日々の社会生活の中で、自分の信念に忠実に人のために誠意を尽くし、真心を注いでいる自分でありましょうか。ここではいかに人を大切にしている自分であるかを特に省みている様に諭しています。人として正しい道を歩む為に反省は欠かせないということであります。

 次に友人との交わりに於いても信頼を得られる様に、言行一致に努めているでしょうか。

 また、自らの学びを実践する中で会得したものを他人に誠実に伝えているでしょうか。

 この三省の実践こそがいつの世も人道に繋がるのではないでしょうか。

 企業経営・組織運営をしている方達のみならず全ての目指す人間像になるためには、謙虚な気持ちで日常を省みることの重要性を改めて感じます。その上で多くの学びから人道を窮め、コンサルタントの視点でクライアント様をはじめ、関係者様への温かい支援が出来ます様にと研鑚を重ねる事の重要性を感じます。

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2017年12月22日

■■【心de経営】 実践編 23 渋沢栄一の論語講義 為政第2-11 27 温故知新

■■【心de経営】 実践編 23 渋沢栄一の論語講義 為政第2-11 27 温故知新


 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。


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 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。


 そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。


 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。


 その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。



■ 渋沢栄一の論語講義 :   為政第2-11 27

  故きを温ねて新しきを知る


■【読み】

 故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る
 子曰く、故きを温ねて新しきを知れば、以て師と為るべし。


■【口語訳】

子曰く、古い事を研究してそこから新しい知識を引き出すくらいでなければ、先生にはなれない。


■【解説に出てくるキーワード】

◇ 民部昭武(みんぶあきたけ)

 徳川民部大輔昭武。民部大輔は官位、正五位下の役職のこと。徳川慶喜の実弟、水戸藩最後の藩主。慶応三(1867)年、兄の将軍慶喜の明代としてパリ万国博覧会に参加。渋沢栄一は庶務・会計係として随行。大政奉還により明治元(1868)年に帰国、水戸藩主(のちの水戸藩知事)となる。水戸藩知事を免ぜられてからは、陸軍少尉に任官され、アメリカ万国博覧会御用掛としてアメリカに派遣。明治16年に隠居、松戸の別邸で写真などの趣味を楽しんで余生を送った。


◇ 商法会所

 明治二(1869)年、静岡藩の殖産興業を支援する金融と通商を目的に渋沢栄一が設立した半官半民の会社企業。銀行と商業会社を併用した形態だったという。


◇ 合本組織

 広く出資者をつのり、事業会社を運営する形態を渋沢栄一は追求した。それが合本組織、合本会社と言われるもので、渋沢が明治初期に設立した商法会所も合本組織であった。それを発展させたのが株式会社である。


                参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社


【コメント】

 古きを学ぶことはそこから万古不変の真理を知り、自らの糧にすることをいうことになります。これは決して新しい知識や見解を得るなどというようなものではなく、過去の人々の言動から心を養うものとして学ぶというものです。


 そのようにしますと古い事を学んでいるにも拘わりませず、何故か気付かされる部分が多くありますね。このとき初めて「向上の道を得た」ことになり、これが新しい知識や道理を知るという事に繋がります。


 つまり過去の事柄を研究して現在の事態に対処することは、決して何かの為にするところのものではありません。自分が誰かの師となるためでもありません。過去に生きた偉大な人々を師として向上をはかることなのです。


 私達人間は、肉や魚、野菜を食し、植物が生産する酸素を吸って呼吸をしています。当たり前のことですが、あまりにも当たり前すぎてその大切さを忘れてしまうことは無いでしょうか?


 自然界のなかでも、支え合いの関係は至る所で存在しますが、その関係こそが「生物多様性」であり、その関係が崩れれば、私達人間にも大きな影響を及ぼします。全てに於いて互いに感謝し、補い合って成長してゆくことが必要です。


 そのためには、古き良きところに眼を向け、新しい発想を取り入れながら前進してゆくことは、何時の世も変わる事なく、次の時代へと引き継がれてゆくのでございましょう。


 この精神を基に、経営士・コンサルタントは、多くの企業様・事業者様を温かい心を持ち、時には厳しく支援し続けることこそが使命と心得ます。当協会の会長は、コンサルタント歴40年ですが、会得した様々な財産を後世に伝承すべく全国に発信して下さっています。その言動の背景には、「温故知新」、すなわち「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」の精神が宿っているのでしょう。


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2017年12月15日

■■【心de経営】 実践編 24 渋沢栄一の論語講義 為政第2-4 20 三十にして立つ

■■【心de経営】 実践編 24 渋沢栄一の論語講義 為政第2-4 20 三十にして立つ



 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏


 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

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 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。


 そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。


 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。


 その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。


■ 渋沢栄一の論語講義 :   為政第2-4 20

吾れ十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず。
五十にして天命を知り、六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従がいて、矩を踰えず。


■【読み】

 子曰(しいわ)く、吾(わ)れ十有五(じゅうゆうご)にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず。五十にして天命を知り、六十にして耳順(みみしたが)う。七十にして、心の欲するところに従がって矩(のり)を踰(こ)えず。


■【口語訳】

子曰く、私は十五歳で学問の道に入る決心をし、三十歳で自信を得、四十歳で怖いものがなくなり、五十歳で人間の力の限界を知った。六十歳になると何を聞いても本気で腹を立てる事が亡くなり、七十歳になると何をやっても務めずして度をこすことがなくなった。


■【解説に出てくるキーワード】

◇ 「志、立、惑、天命、耳順」

孔子の生涯でそれぞれ十五歳、三十歳、四十歳、五十歳、六十歳、にどのような境遇、心境にあったかを括って表現した文言。年齢を意味としても使われる。「志学」を十五歳、「而立」三十歳、「不惑」を四十歳、「知命」を五十歳、「従心」を七十歳にあてる言い方も広くされている

                参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社


【コメント】

 孔子の理想とした政治のあり方とは、人民に道徳や良心を教示しながら自律的な社会秩序を構築することでありました。


 そこで孔子自身の生涯を省み、『私は十五歳で学問に専心する決意をし、つまり志学の精神を持ち、耳学問や書物からの研鑚を重ねたことにより、30歳でひとり立ちしたこと、以後は人徳を積み重ねる人生を簡潔に表現しています』と述べています。私達が人生を如何に生きるべきかという一般論的人生の指標として読むこともできそうに思えます。


 ここで誠に僭越ですが、私自身に当てはめてみることに致しました。わたくしの十五歳は学問の道を歩み乍ら、ひそかに世界平和を願っていました。三十歳にして家族の純粋な愛情に感謝の心を持って、それなりに自立できるようになり、四十歳にして狭いものの見かたに捉われることなく、次第に心の迷いが無くなって参りました。


 五十歳になりました時には、自分自身に与えられた天命を自覚し、道徳と経済は一体であると説いた渋沢論語と自社の経営理念を率直に考策してゆくことになるのです。六十歳になりますと、自分自身を律しながら何につけても柔軟に受け入れる事ができるようになって来たように思います。七十歳に入りまして、自然に人の道に寄り添いながら生きて行く事に喜びを得られているという心境になってきています。


 現代は当時に比べて寿命も延びていますし、見聞するにしても現代の情報化社会では過去とは比べ物にならないほど情報量が多くなって来ています。私の企業人生は45歳にして会社を設立し、10年間はマラソンの時代、以後5年刻みで変革・確立の時代を経て、現在は将来への展望と題してコンサルタントの道を歩んでおります。


 皆様ご自身がどの様な環境下にありましても、生きて行く指標を揺るぎないものとする為に、夢ある人生の設計図に沿って実践してゆく事が、楽しいと感じ取れます様に願っております。


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Posted by 経営士 at 12:01Comments(0)【心 de 経営】

2017年12月08日

■■【心de経営】 実践編 25 渋沢栄一の論語講義 為政第2ー10 26

■■【心de経営】 実践編 25 渋沢栄一の論語講義 為政第210 26



 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じて、毎月第二火曜日12時に発信いたします。


【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

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 本メルマガで【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が私の愛読書の一つとなっています。


 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。


 そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。


 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。


 その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。


■ 渋沢栄一の論語講義 :   為政第210 26


   其の以てする所を視、其の由る所を観、

   其の安んずる所を察すれば、

   人焉んぞ痩さんや人焉んぞ痩さんや

■【読み】

子曰く、人間はその行っていることを注視深く見、その由来するところを深く観察し、その安心しているところを深く観察し察知すれば、その性質は、隠そうとしても隠しおおせるものではない。心の底まで見けるものだ。


            参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社

【コメント】

 孔子は、「一にその人の行為をよく注意して視る。二にその行為の拠って来る原因・動機を観る。三にその人がどんな所に安らぎを求めているかを察する。この様にすれば、その人の正体はすっかり分かってしまうものだ。どうして隠せようか」と論語の中で言っています。

 その人がどの様な行動をとるのか、何のためにそれをするのか、その人の日頃の行いを注視し、どこに安らぎを求めているかを観察しますと、その人がどれほど本性を隠そうとしましても、どこかに本性が出てきてしまい、隠しおおせるものではないと孔子は言っています。

 平素から私達は自分の良心に問いながら、見る人が見れば隠しおおせられないということを、はっきりと自覚しなければいけないと思います。

 リンカーンが言った言葉に「一時的には、特定の人を騙すことができるかもしれない。しかし、常に全ての人を騙しきることはできない」という言葉があります。これはまさに真実のほどは隠す事はできないという事で、その人の本質に至ってはすぐに分かってしまうという事なのです。

 私達も自分の良心に恥ずる事のない様な行いを日々心がけてゆきたいものです。孔子は「見る→視る→観る→察する」と表現しています。これは次第に表面的なものから内面的なところへと深く入ってゆき、察するに至れば心の拠り所になって参ります。

 つまり心の拠り所として、理想の自分でありたいゆえに、物事に一喜一憂せずに、自分のモチベーションを高めてゆく事を意識することが大切だと思います。

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