2013年08月13日

■■【コンサルタントのトンボの目】 住まいの語源・筋違と筋交

 

 

■■【経営コンサルタントのトンボの目】 住まいの語源・筋違(すじちがい)と筋交(すじかい)

  経営コンサルタント事務所
  B・M・S・21代表 山本 修 先生
  日本経営士協会 理事 関西支部長

 山本先生は、美容サロンを独立開業され、その経験を元にサロン経営者に「商品管理」「顧客管理」「計数管理」を提案し、サロン経営の生産性向上に成果を上げてこられました。近年は中小企業のコンサルタントとしてもご活躍中です。

 また「日本経営士協会 関西支部長」として活躍されておられます。

 筆者詳細情報 http://www.jmca.or.jp/meibo/pd/0060.htm

 

 
 読者の皆さんは「そんなことを自分に言われても筋違いだけれど」と思ったことはないだろうか? 大人数でことを進める際に、役割分担を明確にしておかないと往々にして担当外の「筋違い」のクレーム処理に追われることがある。

 「筋違い」とは、はすかいという原義から、手続に外れること、見当違いという意味になる。これを「すじかい」と読むと、はすかい、斜めに交わった状態をいう。そこから建築物の軸組みを補強する材料を指す建築用語ともなる。

 「広辞苑」(岩波書店)の「すじかい」の項には、東寺文冶承三年「筋飼木」という記述もあり、12世紀から存在すると言われる。


■ 「筋違」が江戸の町を防備する?

 東京都千代田区神田の昌平橋と万世橋の間に「筋違見附門」があったという。これは「江戸城三十六見附」の一つであり、今もこの地に説明書きが残されている。

 「見附」とは、主として江戸城の外堀・内堀に沿って設けられた堅牢な城門で、外敵の侵攻・侵入を防ぐ警備の役割等を果たしていた。筋違の名は、この城門が江戸城から上野寛永寺に至る将軍家の御成道と、日本橋を起点に本郷に通じる中山道が斜めに交差していることから名付けられた。

 現在「見附」は江戸城の外堀に沿って、赤坂見附、四谷見附、市ヶ谷見附、牛込見附、新見見附、喰違見附など、地名や交差点にその名残があり、一部残る石垣などの遺構や説明書きが往時を偲ばせている。

 なかでも「筋違見附門」は、外堀の内に御成道、中山道も含めて八つの道が交差することから八ツ小路とも呼ばれる広場があり、交通の要所、ターミナルでもあり、武家屋敷の地と町人の住まいとの境にもあったことから、当時恐れられた大火の際の避難地になったとも推測される。


■ 補強材[筋違」の歴史

 建築用語の「筋違(筋交)」とは、木造建築の木造軸組工法において補強材として挿入する材料を指す。

 四辺形に組まれた軸組みに対角線上に材料を入れ、暴風や地震がもたらす水平方向にかかる負荷に耐え、四辺形が菱形に変形するのを防ぐ補強材である。

 筋違が現在のように地震対策の補強材として用いられるようになったのは、大正時代と言われる。1919年に日本で初めて制定された市街地建築物法で、関東大震災前後に筋違を規定した記述があることから推測される。


■ 補強から耐震・制震・免震へ

 1950年に建築基準法が制定されて以降、大地震が起こる度に耐震基準が見直されてきた。筋違の規定はもとより、接合部である継手、仕口の緊結方法や仕様まで特定されるようになった。

 木造建築では。大筋違、細筋違、丸鋼筋違などがあり、これを予め壁面に組み込み耐力壁をつくる。

 鉄骨建築では形鋼、鋼棒などを用いて斜め引張り力に抵抗し、水平力に耐える耐震構造としている。

 現代では、耐力壁に制震パネルを組み込み、地震エネルギーを吸収し、熱エネルギーに変え、放出する制震技術や、地震の揺れを建物の土台に伝えにくくする積層ゴムなどの免震システム搭載の建物も生まれている。


参考文献:週刊新潮掲載・大和ハウス工業総合技術研究所+荒田雅之著


 

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