2013年11月06日

■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】 詳細ダイジェスト

■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】 これまでの詳細ダイジェスト


 
 【小説・経営コンサルタント竹根の起業日記】は、10年のサラリーマン生活をしてきた竹根好助35歳の経営コンサルタントとしての独立起業日記です。
 これから経営コンサルタントとして独立起業しようと考えている人の参考となることを願い、経営コンサルタントとしての実践を経験的に語るつもりです。

【 注 】
 ここに記載されていることは実在の企業とは何ら関係ありません。


  【登場人物】 【作者紹介】 ←クリック

■平成25(2013)年4月

 かねてより経営コンサルタント業に興味を持っている竹根好助は35歳の商社マンである。4月1日に妻にサラリーマンを辞めることを告げたが、エイプリルフールと間違われて相手にされなかった。
 通勤途上で、「経営コンサルタント」をキーワードとしてグーグルで検索したところ、トップに表示された「経営コンサルタントへの道」というページが妙に気になり、毎日のように開くようになった。
 そのサイト運営者の「愛」という人に俄然興味を持つようになった。愛コンサルタントという男のプロフィールをそのサイトから見ることにした。「経営コンサルタント不要な企業作り」というコンセプトには驚きと共に、共感を覚えた。
 私は、多分返事は来ないだろうと思いつつも、思い切って、愛コンサルタントにメールを出した。大物から返事が来るわけはないと思いながらも返事を心待ちにしているとメールが愛コンサルタントからメールが来た。それだけではなく、若手経営コンサルタントの勉強会に誘いの声がかかった。
 知修塾が開始される前に、愛コンサルタントは貴重な時間を割いて、経営コンサルタント業界などについて親切に、わかりやすく説明してくれた。知修塾は、若手経営コンサルタントが交代で講師を務めて「問題解決手法」という課題に取り組んでいた。
 私は、知修塾に参加している協会会員がお互いを「先生」と読んでいることが奇異に感じられた。メールでそのことを書くと早速、その理由が返信されてきた。
 これまで経営コンサルタントというのは、あまりよいイメージを持っていなかったが、この協会の対応や会員を見ていて、それが間違いであったことに気がついた。
 経営コンサルタントに特化したメールマガジンが、協会から毎月7回発行されているので購読申込をした。早速配信されてきたが、なんと500号近くも続いている、その持続力に敬服した。
 経営士・コンサルタントという言葉が気になり、また同じサイトを開くと経営コンサルタントの資格についての記述とともに「中小企業診断士だけが経営コンサルタント資格ではない」というショッキングな表現が目に留まった。そのページに入ると、まずは、経営コンサルタントの歴史について書かれていた。日本経営士協会が他に知られる著名な組織・団体・会社よりも早く、日本で最初にできた経営コンサルタント組織であることがわかる。
 経営士は、実務経験や専門性の高さが評価され、暗記科目的なテストではないという実践的な経営コンサルタント資格であることが分かった。何とかこの資格を取りたいという気持ちが、ライバルを夢で見るほどになったので、日曜日にかかわらず、親友であるライバルでもある秋元に会うことにした。
 経営コンサルタントという職業は、どのようなことをするのか、具体的に知らないことに気がついた。ましてや経営コンサルタントにもいろいろなタイプがあるとは思いもしなかった。いわんや、経営コンサルタントにも「ドメイン」が重要であるとはつゆ知らずでいた。
 私は、経営コンサルタントになりたいという漠然とした気持ちはあるものの、具体的なドメインなど、考えてもみなかった。ところが、秋元はすでに自分のドメインのフレームができはじめているのである。ライバル心がムラムラと沸き上がる。その様な折に、メールマガジンで「短期資格取得集中講座」という記事を読んだ。秋元もその講座を受講する気になっているので、一緒に受講することにした。しかし、妻が承知するのか、難関をくぐり抜けるのか、心配になった。躊躇しながらも妻に話すと、あっけなく認めてくれた。

■平成25(2013)年5月

 講座受注で取得できるという経営士補という資格が何か、どのような資格なのか、分からなくて悶々としていた。日本経営士協会のサイトを見て、ストンときたわけではないが、何となく理解できた。すなわち経営士補とは、コンサルタントのアシスタントができるよちよち歩きの状態で、将来一人前になる前の人に与えられる資格であることが分かった。今年のゴールデンウィークは、子供達がかわいそうだが、受講することにし、申込書を書いた。
 翌日、受講受諾のメールが届いただけではなく、会員待遇で受講料を支払えば良いという特別な取り計らいがあった。非常に良心的な団体であることを再確認できた私と秋元は、入会手続きに入ることにし、書類を揃えた。
 いよいよ連休後半、短期集中講座が始まった。協会の歴史と基本理念の説明があった。その中で「共業・共用・共育」という聞き慣れない言葉ができた。講義の進め方も、大学の授業とは異なり、質問が矢継ぎ早に出てきて気が抜けない。発想の瞬発力が経営コンサルタントには必要だからである。
 連休最終日は家族サービス。
 短期集中講座で経営士補の資格取得にはホームタスクの提出と、それが合格点以上出なければならない。眠い目をこすりこすり取り組んだ。カナダからの来客やそのアテンドで自分の時間をなかなか取れない。何とか時間を作ってようやくホームタスクが完成し、提出することができた。
 ホッとしたところで協会への入会審査の通知が来た。面接する側にいる私は、社会人になって初めて外部の面接試験を受けることになる。念のため、面接のためのにわか勉強を始めた。充分な準備もできないまま、一次審査に望んだ。その結果は・・・・・
 自分自身のことが気になっているのに、仕事の上での問題はいろいろと発生してくる。名古屋から女性経営者がアポなしで飛び込んできた。自動車産業だけではなく、いろいろな産業にショックを与えるような塗料の特許が取れたという。しかし、商社の宿命で、信用調査にとおるような起業としか取引ができない。熱の籠もった社長の話を聞いていると何とかしてやりたいが、自分もサラリーマンのみである。

■平成25(2013)年6月

 仕事だけではなく、二次審査に臨んだ。自信はなかったが、なんと私も親友の秋元も同時合格である。いよいよ最後の三次審査に挑戦することになる。準備として何をしたら良いのだろうか、と迷っていると、三次審査にマッチした「経営コンサルタントへの“秘密”の道」という書籍を手に入れることができ、隅から隅まで複数回目を通した。
 三次審査は、自分でも失敗したと思った。P・D・C・AサイクルのActionについて説明せよと問われて、回答したものの、あまりにも平凡な答えしかできなかったのである。
 ようやくまとめたホームタスク、資格取得の二次と三次審査の結果を待つ。経営コンサルタントのバイブルという「経営コンサルタントへの“秘密”の道」という書籍を片時も離せない。経営士補資格取得の合格通知と共に銀バッヂが送られてきた。いよいよ経営コンサルタントとしての道が始まったということを自分自身に語りかける。
 ある日曜日、自分が今までとは違う視点で街並みを見ていることに気がつく。それだけではない、仕事上で面会する関係会社の人達の言動を俯瞰的に見ている自分を発見。経営コンサルタントとしての道を歩み始めていることに喜びを感じる。日本経営士協会先輩からも「先生」呼ばわりされる。一方で、経営コンサルタントのバイブルを読んでいるうちに、自分の専門分野とはなんだろう、クライアントをどのように見つけ、どう対応するのだろう等々、悩むことが多くなった。
 「経営士・コンサルタントは、経営者と共に悩み、喜ぶ」という言葉は、自分の経営コンサルタントへの姿勢に大きな示唆を与えてくれる。それを実感できるのが、経営士ブログである。毎日複数本のボリュームに驚愕。
 前週に、知人の紹介という、開店間もない文具店の店主が、以前の店主の借入金のことで相談に来た。自分の手の終えることではないので、法務部の友人に応援を頼んだ。その時はあまり意識をしなかったが、文具店の店主が経営コンサルタントに仕事を依頼することがあるとしたら、どのようなことなのかということが気になった。
 そのような中、日本経営士協会から資格認定関連の書類一式が送られてきた。大きな認定証、会員証と共に銀バッジが届いた。経営士補の証である。その書類の一つに「相談員」制度というのがある。早速気になっていた「経営者はなぜ経営コンサルタントに仕事を依頼するのか」について相談員にメールを出した。ところが、その答えは手元にあった。経営コンサルタントのバイブルともいわれる「経営コンサルタントへの“秘密”の道」という書籍にキチンと書かれていたのである。経営コンサルタントらしからぬ自分の行為を恥じた。バイブルには「経営コンサルタントは経営者の夢を叶える職業」という下りも含まれていた。
 私のように、経営コンサルタントを目指す人の参考になればと、ブログに日記を書くことにした。連日、経営コンサルタントについて考えることが多く、材料には事欠かない。
 経営コンサルタントとしてのドメインを明確にすることの重要性は知っているが、具体的にそれを自分のものにしようとすると意外と大変である。
 経営者が自社の問題がわかっていたり、中には解決策までわかっていたりするのに経営コンサルタントにコンサルティングを依頼すると言うことが私にはわからない。しかも、アドバイスをするだけではなく、時には実務まで手伝うことがあるという。経営コンサルタントの倍ぐるに「経営コンサルタントとは」という一節を見つけることができた。
 悩んでいるだけでは前進しないので、とにかく経営コンサルタントに必要な知識習得をすすめようと知修塾塾員登録をすることにした。協会の研修受講料は、数千円と非常にリーズナブルな設定になっている。塾員登録をすると、大半の研修が割引になるだけではなく、一部の研修は無料になる。
 協会の研修やブログなどで学んだことを、自分の実践にも活かそうと、部下に目標意識を持たせることを早朝ミーティングで発表したりし始めた。
 最近は経営コンサルタントのバイブルを片時も離せないでいる。経営コンサルタントに必要な能力として「問題解決力」が気になる。共通行動・共通認識・共通行動という奇妙な言葉も出てきた。

■平成25(2013)年7月

 朝礼での課長訓示にも、バイブルから引用したことを話すことも多くなった。サラリーマンとしての、日常も、経営コンサルタントという立場に置き換えて考えることもある。これらが課長としての貫禄というとらえ方を部下かもされてきた。
 知修塾と協会独特の研修会が毎月開催されていて、塾員登録をすると無料で受講できることがわかった。それだけではなく、塾員登録をすると講師をすることもできるという。経営コンサルタントに不可欠のスキルの一つが人前で堂々と話をできることであると考えているので、早速塾員登録をすることにした。
 日本経営士協会のおかげで、セミナー関係だけではなく、少しずつであるが、関係者とのコンタクトもできるようになった。将来経営コンサルタントを目指すという人が、他力本願的な行為をしていることにも遭遇し、反面教師的にそれを見ることができるようになった。そんな折に、「中小企業診断士と経営士の違い」というタイトルや5S、社員研修の落とし穴などのブログに興味を持てた。
 一方で、社内の一向に変化のない、置かれている時代の厳しさからは縁遠いような雰囲気、煮え切らない上司に何となくモヤモヤした者を覚える。情報を流したり、提案したりしていることが無視され、大きなビジネスチャンスを失ってしまっている。私が日本経営士協会から学んだ進捗管理の提案を部長にしたが、はなから相手にしようとしない。サラリーマンとして、遂にやってはならないことをしてしまった。部長に対して、声を荒げてしまったのだ。

■平成25(2013)年8月

 月末月初業務で忙しいときではあるが、進捗管理システムの件で、検討結果を部長の意見を聞く約束もすっぽかされた。
 何となく、社内雰囲気についてモヤモヤする日が続いていたが、日本経営士協会の営業・マーケティング講座を受講して、斬新な発想に、自分自身の現状を鑑みると、自分自身に何か当たらし力が湧いてきたように思える。その斬新な発想というのがP・D・C・Aサイクルである。これまで当然のことのようにP・D・C・Aを理解していたが、それは知識としての理解であって、それを実務に直結していなかったことに気がついた。とりわけ、自分の営業業という仕事は、一つのことがP・D・C・Aサイクルで終わるのではなく、それが発展的に繰り返されるということである。すなわちActionという部分のとらえ方が、日本経営士協会では、一般的な認識と異なるのである。
 俯瞰的にものごとを捉えると言うことも学んだ。もちろん知識として走っていたが、では実際にそれをどのようにしたら俯瞰的に見ることを実行できるか、よく解っていなかった。それを念頭におきながら、部長に新しい提案をしたが、馬に念佛。工作機械関連の専門商社の社長からメールが届き、会ってみたら、同社からの提案をわが社が無視していたので。大企業からの上から目線ということを痛感した。
 お盆休みでディズニーランドや秋川渓谷でキャンプで平素できない家族サービスをした。その間も、営業分析のことが頭を離れない。
 休み明け、出社すると仕事の山。部長と話をしていると、いつものことながら埒があかないが、常務は理解を示してくれるものの、今回は商社の限界を痛感したのである。
 一方で、日本経営士協会のオリエンテーションに参加したりしているうちに、経営コンサルタントという職業のすばらしさが次第にカラダで理解できるようになってきた。また、ブログの「経営コンサルタントの本棚」という記事は、経営コンサルタントがどのような本を読んでいるのかを知る良い機会でもあるし、自分でも読んで見たくなる。

■平成25(2013)年9月

 日本経営士協会内で使われているいろいろな言葉も、課長としての管理実務に活かせるようになってきた。その一つが「前半主義」である。
 そんなある日、ヘッドハンターから電話があった。竹之下経営という日本でも指折りのコンサルティング・ファームからのお誘いである。訪問してみて、その活気に驚く反面、翌日の自社の活気との落差にも驚く。まるで戦場と墓場の違いである。社内見学をした数日が、竹之下経営の社長が逢いたいと言ってきた。4月15日に会うとことになり、訪問。マスコミに騒がれているだけの風格を持っていた。ついでに経営コンサルタントへの職業適性検査とやらを受けさせられた。
 経営コンサルタントの職業適性検査の結果が気になりながらも、営業会議など日常業務に追われた。経営士ブログも欠かさず読んでいる。「経営トップ十五訓」「バランス感覚」「あたり前」など、気になるキーワードが毎日伝わってくると、経営コンサルタントとしての意識も高まる。それが、会社における課長としての言動として表れてくる毎日である。平和な生活、と思うこともあり、それがいつまで続くのかと気になることもある。
 毎日発行される経営士ブログからは、引き続きいろいろなヒントを得ることができる。「あたり前のことがあたり前にできる企業」という至極当たり前の言葉に新鮮みを感じる。これが通常のサラリーなら、「あたり前」「知っていること」「目新しさがない」と批判するだけで終わってしまうだろう。
 部長があまりいい顔をしない小さな会社との取引であるが、スペシャルマシン社はその一つである。訪問してみるとユニークな新製品のモックアップサンプルを見せてくれた。商品化にはまだ時間とお金がかかるというので、部長としては先行投資には消極的である。そんなところに、商社の限界を強く感じるこの頃でもある。

■平成25(2013)年10月

 竹根なりに社内努力をしてきたが、自分が目指す生き方とはちょっと違う違和感とともに、商社はそれを実現する場ではないような気がした。それほど真剣に悩んだわけではないが「プッツン」という気がして、部長に辞表を出した。驚いた部長は早速常務の下に飛ぶが、竹根の気持ちは変わらない。経営コンサルタントへの第一歩を、日本を代表するコンサルティング・ファームで踏み出すことにし、早速動き出した。
 人生の方向を新たな道に切り替えたので、その道の状況を知るべきと考えた。再度原点に戻り、「どのような経営コンサルタントを目指すか」から振り返ることにした。このような時には、ネット情報も良いが、バイブルが最適である。「経営コンサルタントの分類」という部分は面白かった。
 明和大学の経営講座も始まり、日本経営士協会の知修塾も「チームマネジメント」という新しいテーマに入った。そのとたん、知修塾で講師をするように担当者から指示が出た。プロの前で講演をすることに恐れを感じたが、いずれやらなければならない経験である。




 

■■ 経営コンサルタントへの道  ←クリック

経営コンサルタントを目指す人の60%が閲覧する必須のWebサイト





※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。