2014年05月30日

■■【歴史に学ぶ経営】 西郷隆盛の引き際と散り方

■■【歴史に学ぶ経営】 西郷隆盛の引き際と散り方


 「原点に返る」「歴史は繰り返す」という言葉があります。歴史をひもとくと、我々に大きな示唆を与えてくれます。視点を変えると経営にも活かせることがたくさんあります。


 ところが、それに気づかないことが多いのです。皆さんの気づきの一助になればと考えてお届けします。


■■ 西郷隆盛の引き際と散り方  歴史に学ぶ経営


 先に石田三成の引き際と散り方についてご紹介しましたが、その続きとして西郷についてみたいと思います。


 明治10年に、鹿児島士族の不平不満が爆発し起こった西南の役の中心人物の一人が西郷隆盛であることはご存知でしょう。これも知られているように西郷は自らの意志とは反して戦いを選択したと伝えられています。


 西郷は鹿児島士族に慕われ、盟友とも言われる大久保がいる明治政府に反旗を翻し南九州を中心に政府軍と激戦を繰り返します。武力・兵力に劣る西郷軍は、鹿児島市内城山に篭もらざるを得ず、最後を迎えることになります。


 西郷は、いかに死すかということだけが最後に残ったことでしょう。敵の砲弾の前に立った西郷は「もうここでよか」と言って自害して終わりました。西郷の必要性を知っている政府軍の中から助命嘆願の動きがあり、西郷はそれを断っての決断です。


 美化された最後であるかも知れませんが、日本人の多くが西郷の最後をたたえていると思います。


 三成が最後まで一縷の望みを捨てずにいたのに対して、西郷は潔さを選びました。どちらの生き方が良いのか、人により判断は異なるでしょう。


 ある中小企業の社長は、売り上げが落ちてきたので縮小均衡政策をとりました。自分の私財を投じたりしながら、資金繰りを何とかやって企業を存続させる努力をしてきました。しかし、有能な社員が次々と去って行く中、新商品開発もままならず、自分の私財を食いつぶしながら、莫大な借金を抱えて生きながらえています。


 この社長を三成に重ね合わせてしまいますが、社員のことを思うと倒産させられないのでしょう。この社長のような人の良い経営者を何とか生かす道はないのでしょうか。


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