2013年11月30日

■■【今日の写真 カシャリ!一人旅】 京都 銀閣寺7 庭園

■■【今日の写真 カシャリ!一人旅】 京都 銀閣寺7 庭園






 旅・・・・・ 時間に追われる現実からの開放 
 
 スナップショットは、他の人の旅を疑似体験できます。 この写真を撮った人は、何を思って撮影したのだろうか?
 
 自分も行ってみたい・・・ 他の人に、そう思っていただける写真が撮れたら最高ですね。

 銀閣寺

http://www.shokoku-ji.jp/g_about.html
 銀閣寺は、正式名称を東山慈照寺といいます。金閣寺と同様に、相国寺の塔頭寺院の一つです。銀閣寺の名の由来は江戸時代、金閣寺に対し、銀閣寺と称せられることとなったといわれています。 

 室町幕府八代将軍の足利義政によって造営されたことはよく知られています。山荘東山殿を起原とし、。延徳2年(1490年)足利義政の菩提を弔うため、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。 

 政治家としてはあまり評価は高くはない義政ですが、自らの美意識を投影し、東山文化の真髄としての簡素枯淡の美を映しだし、、隠棲のための一大山荘として作り上げました。
 義政存命中と変わらぬ姿をとどめるものは現在では銀閣と東求堂のみで、方丈や銀沙灘、向月台などの庭園が整備されたのは近世以降です。(相国寺派公式サイトを元に作成)


銀閣寺 庭園
 夢窓国師の作庭による西芳寺(苔寺)に倣った庭園は、地泉回遊式庭園で、ここがその発祥の地と言われています。「四方正面の庭」すなわちどの角度からも観賞できる構成で何処を見ても絵になります。
西芳寺をもしただけあり 苔は何処も綺麗です。
紅葉にはしばし早めでしたが、 モミジは処々にあります。
池だけではなく、庭石が処々に配されて、 苔庭にアクセントを付けています。
水の豊かな錦鏡池からのせせらぎに質素の石橋が架かっていました。 竹の手すりが風情を高めています。
お茶の井から月待山に向かう途中奥深まったところに弁財天の祠(ほこら)がありました。
変わった形で苔が迎えてくれました。
樹齢500年という「千代の槇」という松が、銀閣寺の歴史を裏付けてくれています。
樹齢500年という千代の槇は錦鏡池と洗月泉との間に、堂々と立っていました。

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