2013年12月01日

■■【経営コンサルタント起業日記】11月第5週 今村紫紅展

■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】11月第5週 今村紫紅展


 
 【小説・経営コンサルタント竹根の起業日記】は、10年のサラリーマン生活をしてきた竹根好助35歳の経営コンサルタントとしての独立起業日記です。
 これから経営コンサルタントとして独立起業しようと考えている人の参考となることを願い、経営コンサルタントとしての実践を経験的に語るつもりです。

 経営コンサルタント起業日記を読むポイント

 日記の主であります私(竹根)は、35歳の商社マンです。産業機械部第一課課長、2013年4月1日に経営コンサルタントという職業に関心を持ちました。
 最近、部長とぶつかることが多い竹根である。商社の限界を感じたり、経営コンサルティング業による社会貢献のすばらしさがわかってきたり、ついにはヘッドハンターからコンタクトがあったりと揺れ動く竹根。サラリーマンを辞めるのでしょうか、それとも、別な道があるのでしょうか。
 迷った挙げ句、部長に退職願を提出した。

 毎日20時30分頃発信しています。ただし、一部は翌朝の発行となることもあります。

【注】
 ここに記載されていることは実在の企業とは何ら関係ありません。

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◇ アイソン彗星崩壊

 今年最後の大きな天体ショウ-として期待されていた、アイソン彗星が崩壊してしまった。残念ながら、崩壊前の彗星を見る機会がなかった。

 十二月の三日~五日にかけて残骸を見ることができそうだという報道がある。

◇ 今村紫紅展

 横浜に三渓園という庭園がある。かねてより言ってみたいと願っていたが、行く機会がなかった。

 私の父は戦死したが、生前日本画を嗜み、多くはないがその遺作を持っている。たまたま、親しい知人に紫紅展があると聞いて、このような機会を逸すると生涯訪れることがないかもしれないと一大決心をし、行くことにした。

 淡い色使いが何とも言えない暖かさを醸し出していた。三〇を大分廻ってからは南画に傾注したようで、それはそれなりに評価をされるのであろうが、私は、まだ稚拙さが残る二〇代半ばの作品が好きである。三五歳にして夭逝してしまったのが残念といえる。

 十年の商社マン生活から、職場も、仕事の内容も大きく変わったコンサルティング・ファーム勤務となり、気分転換となった。

【Wikipedia】を基に、本人要約

 今村 紫紅(いまむら しこう、 明治13年(1880年)12月16日 - 大正5年(1916年)2月28日)は、神奈川県横浜市出身の日本画家。本名は寿三郎。35歳(数え年だと37歳)で夭折したが、大胆で独創的な作品は画壇に新鮮な刺激を与え、後進の画家に大きな影響を与えた。

 明治30年(1897年)、長兄保之助(号・興宗)の勧めで、兄と共に松本楓湖に師事、特に兄の厳しい指導のもと大和絵の粉本の模写に明け暮れる。

 明治40年(1907年)春に訪れた茨城県五浦の日本美術院研究所では、靫彦とともに岡倉天心の指導を受け菱田春草や横山大観らの制作姿勢に大きな刺激を受けた。紫江が五浦に着いた晩、天心に「君は古人では誰が好きですか」と訊ねられると、即座に「宗達です」と答え、天心に認められる切っ掛けとなった。同年、第一回文展に出品した「秋風五丈原」は落選となるも本人は気にせず、上野公園で文展審査員の荒木十畝の後ろを歩きながら、「十畝の絵はありゃなんだ。全然出来てないではないか」と、本人に聞こえるのも平気で声高に言い放ったという。

 明治44年(1911年)から原三渓の援助を受け、原邸で毎月、三渓の収集した日本や中国の古美術鑑賞を行い、明清画や富岡鉄斎を研究する。この作品で大和絵の伝統を継ぎながらも、南画研究による柔らかな筆致と、当時紹介された後期印象派的な点描と色彩の対比を融合させ、紫紅独自の様式を確立する。

 大正3年(1914年)単身インド に渡航して、帰国後経営者同人として参加した第1回日本美術院の再興院展出品作「熱国之巻」(東京国立博物館蔵)は、紫紅芸術の頂点を示す作品である。

 紫江は常々「日本画がこんなに固まってしまったんでは仕方ありゃあしない。とにかく破壊するんだ。出来上がってしまったものは、どうしても一度打ち壊さなくちゃ駄目だ。そうすると誰かが又建設するだろう。僕は壊すから君達、建設してくれ給え。」「徳川以降の絵はひどく堕落している。

 紫江の人柄について、靫彦は「君は極めて意志の強い人であった。実によい頭脳をもって居た人であった。あの燃える様な感情を持って居ながら、一方に常に緻密な頭脳で平静な判断や内省を行って居た。」といい、速水御舟は「氏は敵とも未方ともならないやうな人は嫌いであった。又なかなか情に厚い人で、且つ道徳的の人であった」と記している。

【 注】 日記から週記へ

 2013年11月24日から、日記ではなく「週記」になりました。週のうちに数回新規記事をアップロードします。また、逐次部分改訂をしますので、引き続き毎日ご覧下さると幸いです。


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