2013年12月08日

■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】12月第1週 総集編

■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】12月第1週 総集編


 
 【小説・経営コンサルタント竹根の起業日記】は、10年のサラリーマン生活をしてきた竹根好助35歳の経営コンサルタントとしての独立起業日記です。
 これから経営コンサルタントとして独立起業しようと考えている人の参考となることを願い、経営コンサルタントとしての実践を経験的に語るつもりです。

 経営コンサルタント起業日記を読むポイント

 日記の主であります私(竹根)は、35歳の商社マンです。産業機械部第一課課長、2013年4月1日に経営コンサルタントという職業に関心を持ちました。
 最近、部長とぶつかることが多い竹根である。商社の限界を感じたり、経営コンサルティング業による社会貢献のすばらしさがわかってきたり、ついにはヘッドハンターからコンタクトがあったりと揺れ動く竹根。サラリーマンを辞めるのか、それとも、別な道を選ぶべきか迷った挙げ句の選択が、コンサルティング・ファーム勤務という道でした。
 
 商社マン最後の週末をどのようにすごすのか・・・
 毎日20時30分頃発信しています。ただし、一部は翌朝の発行となったり、また日記ではなく「週記」ですので、お休みしたりすることもあります。

【 注 】
 ここに記載されていることは実在の企業とは何ら関係ありません。

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 12月第1週 総集編

■ 最後の週末 今村紫紅展

 横浜に三渓園という庭園がある。かねてより言ってみたいと願っていたが、行く機会がなかった。
 私の父は戦死したが、生前日本画を嗜み、多くはないがその遺作を持っている。たまたま、親しい知人に紫紅展があると聞いて、このような機会を逸すると生涯訪れることがないかもしれないと一大決心をし、行くことにした。
 淡い色使いが何とも言えない暖かさを醸し出していた。三〇を大分廻ってからは南画に傾注したようで、それはそれなりに評価をされるのであろうが、私は、まだ稚拙さが残る二〇代半ばの作品が好きである。三五歳にして夭逝してしまったのが残念といえる。
 商社マンとしての最後の日を、自分の心の充電日に当てることができ、何となく満足感を覚えた。

【Wikipedia】を基に要約

 今村 紫紅(いまむら しこう、 明治13年(1880年)12月16日 - 大正5年(1916年)2月28日)は、神奈川県横浜市出身の日本画家。本名は寿三郎。35歳(数え年だと37歳)で夭折したが、大胆で独創的な作品は画壇に新鮮な刺激を与え、後進の画家に大きな影響を与えた。

 明治30年(1897年)、長兄保之助(号・興宗)の勧めで、兄と共に松本楓湖に師事、特に兄の厳しい指導のもと大和絵の粉本の模写に明け暮れる。

 明治40年(1907年)春に訪れた茨城県五浦の日本美術院研究所では、靫彦とともに岡倉天心の指導を受け菱田春草や横山大観らの制作姿勢に大きな刺激を受けた。紫江が五浦に着いた晩、天心に「君は古人では誰が好きですか」と訊ねられると、即座に「宗達です」と答え、天心に認められる切っ掛けとなった。同年、第一回文展に出品した「秋風五丈原」は落選となるも本人は気にせず、上野公園で文展審査員の荒木十畝の後ろを歩きながら、「十畝の絵はありゃなんだ。全然出来てないではないか」と、本人に聞こえるのも平気で声高に言い放ったという。

 明治44年(1911年)から原三渓の援助を受け、原邸で毎月、三渓の収集した日本や中国の古美術鑑賞を行い、明清画や富岡鉄斎を研究する。この作品で大和絵の伝統を継ぎながらも、南画研究による柔らかな筆致と、当時紹介された後期印象派的な点描と色彩の対比を融合させ、紫紅独自の様式を確立する。

 大正3年(1914年)単身インド に渡航して、帰国後経営者同人として参加した第1回日本美術院の再興院展出品作「熱国之巻」(東京国立博物館蔵)は、紫紅芸術の頂点を示す作品である。

 紫江は常々「日本画がこんなに固まってしまったんでは仕方ありゃあしない。とにかく破壊するんだ。出来上がってしまったものは、どうしても一度打ち壊さなくちゃ駄目だ。そうすると誰かが又建設するだろう。僕は壊すから君達、建設してくれ給え。」「徳川以降の絵はひどく堕落している。

 紫江の人柄について、靫彦は「君は極めて意志の強い人であった。実によい頭脳をもって居た人であった。あの燃える様な感情を持って居ながら、一方に常に緻密な頭脳で平静な判断や内省を行って居た。」といい、速水御舟は「氏は敵とも未方ともならないやうな人は嫌いであった。又なかなか情に厚い人で、且つ道徳的の人であった」と記している。


■ 先制パンチ

 昨夜、竹之下経営の木村さんという人から電話があった。十二月一日は日曜であるが、竹之下経営が主催するセミナー要員が一名足りないので、私に会場へ直行せよというのである。
 竹之下経営がどの様な会社であるかは、簡単な知識しか持たないのに、応援に直行せよとセミナーのURLが電話の後でメールで知らされてきた。セミナー要員として何をすべきなのか、何を持って行くべきなのか、準備なしで良いのか、何もわからないままである。
 いよいよ、経営コンサルタントとしての独立起業の準備を始めなければならない、と考え始めたら昨晩は、ほとんど一睡もできなかった。
 だからといって、具体的に何をしたら良いのかが決まったわけではない。
 朝になって、セミナー開始時間の三〇分前に会場に行ってみた。会場に着いたとたん、「今頃来て、何やってんだー」という第一声が私を迎えた。すでに会場の机の上には資料がキチンと並べられ、設定も終わり、受講者を迎えるだけである。
 誰の指示で、何をしたら良いのかわからにでぼさっと立っていたら、受付前で「受講される方ですか?こちらで受付を済ませてください」と声をかけられた。今日から竹之下経営で世話になるものだというと、とたんに態度が変わった。「そんなところに立っていないで、お客様が来られたら誘導するようにしなければダメだろう」と怒鳴られた。
 唯一知った顔の畑中は担当が異なるのか、会場にはいない。当然社長や副社長がこのような場所にいるはずもなおい。何が何だかわからないまま、セミナーが終わり、会場整備をして解散となった。

■ コンサルティング・ファーム初日

 一日は、西も東もわからないままセミナーの応援にかり出されたが、今日月曜日は実質的な初日と言える。
 始業三〇分前に事務所に着くと、もう喧噪が始まっていた。八時半の始業時間になると朝礼が始まった。本社は大阪なので、東京本社の実質的なトップは、常務である。でっぷりとした、見るからに映画の悪役風の風体である。挨拶も横柄さが滲み出ている。これがプロのコンサルタントなのだろうか?
 今月からの新入コンサルタントだと紹介され、簡単な挨拶をしたが、自分でも上の空の感じ、久しぶりに人前で上がるという状態に陥った。
 入社に関する書類作成を澄ますと、仕事とか会社の説明等があるのかと思ったが、誰も、何も言ってこない。廻りがガサガサ年ごとをしているので手持ちぶさたにしているわけにもいかない。一つ開けてその向こう側の机の人にとりあえず挨拶をと思って声をかけると、執務したまま顔もあげない。
 他の社員も似たり寄ったりである。
 せめて高校の先輩の畑中さんでもいればよいのだがと思ったが、今日も出張中らしい。

■ 匠製本製作所

 仕事中に、匠製本製作所の萩野専務から携帯に電話があった。慌てて廊下に出て電話で話を始めると、十日の夕刻どこかで逢いたいと言ってきた。
 幸い、十日は夕方スケジュールが入っていないので、急な用件が飛び込みでなければお会いできると返事をした。

■ 事業計画の見直し

 前回のチュータリングサービスで、事業計画書が渡され、それに記入して提出するように言われた。それを基に、講師からコメントがあった。

 何かをこれからしようというときに、基本となることは、P・D・C・Aと5W1Hとであると考えています。
 P・D・C・Aの変形である、「P-D-S」と「8W3H」と考えています。詳細は、そちらを参照して事業計画書を作成してみましょう。事業計画書に関わらず、コンサルティングにとって重要なことは「数値で表現できることは数値に置き換える」と言うことです。
 そして、それを他人に説明できるように一覧表にまとめることです。一覧表にまとめることは、自分の考えを整理していないと形にすることができません。表にまとめると、自分が気がつかなかったような別の発見があったり、モレを見つけることができます。それが、一覧表にまとめるメリットでもあります。


 このあたり前のようなP・D・C・Aが本当に正しいのかどうか、考えたことがあるかと言われて慌てた。世の中で常識といわれていることを常識と捉えず、世の中の常識すら疑えという講師の言葉はショッキングであった。


【 注 】 日記から週記へ

 2013年11月最終週から、日記ではなく「週記」になりました。主人公の竹根が転職後多忙で多少でも時間を作ることができるようにするためです。新米経営コンサルタントという新しい仕事に慣れない部分を充分とはいえないながらもカバーできると思います。

 竹根に一層の声援を送ってくださると幸いです。


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