2014年01月13日

■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】1月第2週 総集編

■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】1月第2週 総集編


 
 【小説・経営コンサルタント竹根の起業日記】は、10年のサラリーマン生活をしてきた竹根好助35歳の経営コンサルタントとしての独立起業日記です。
 これから経営コンサルタントとして独立起業しようと考えている人の参考となることを願い、経営コンサルタントとしての実践を経験的に語るつもりです。

 経営コンサルタント起業日記を読むポイント

 日記の主であります私(竹根)は、35歳の商社マンです。産業機械部第一課課長、2013年4月1日に経営コンサルタントという職業に関心を持ちました。
 最近、部長とぶつかることが多い竹根である。商社の限界を感じたり、経営コンサルティング業による社会貢献のすばらしさがわかってきたり、ついにはヘッドハンターからコンタクトがあったりと揺れ動く竹根。サラリーマンを辞めるのか、それとも、別な道を選ぶべきか迷った挙げ句の選択が、コンサルティング・ファーム勤務という道でした。
 
 商社マン最後の週末をどのようにすごすのか・・・
 毎日20時30分頃発信しています。ただし、一部は翌朝の発行となったり、また日記ではなく「週記」ですので、お休みしたりすることもあります。

【 注 】
 ここに記載されていることは実在の企業とは何ら関係ありません。

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 21014年1月2週
■ クリティカル・シンキングとは 0105

 正月休みに、「クリティカル・シンキングのポイントが解る本」という書籍の第四章で、自分の一年の計を立てることが容易に、しかも今までと格段に異なる手法で立てることができた。
  http://www.glomaconj.com/consultant/3keikonhenomichi/keikon.htm

 第四章から紐を解き始めたが、改めてクリティカル・シンキングのおもしろさを発見したので、始めから読むことにした。第一章は「クリテイカルシンキングとその基本」ということで、第一節が「クリティカルシンキングの時代背景」という内容である。
 技術進歩のスピード、ニーズの高度化・多様化と、引き続きの急速なIT技術の普及化で、容易に時代の変化には追随できない時代である。とりわけグローバル化が、従来の日本人に特有な「腹芸」とか「以心伝心」ということが通じなくなってきていることが述べられている。
 海外からのビジネスパーソンの流入で、その人達と対等にやってゆくためには、論理思考が不可欠であることについては、商社に永年いたのでわかっているつもりであるが、改めて心することにした。


■ 新年初出勤日 0106

 新年の初出勤日なので、経営コンサルタントは酒に強くなければならないという言葉をしばしば聞いていることから、朝からお酒でも出るのかと思いきや、いつもと変わらない。違うといえば、いつもは社内にいる人がパラパラな感じであるが、今朝はいない人の方が少ない。おそらく何らかの仕事で外出しているのだろう。
 一応、上司を始め役付の社員や周りの人には新年の挨拶をした。まともに挨拶を返してくる人はほとんどなかった。
 飛翔会賀詞交歓会への動員も予定を達したとはいえ、まだ数社見ていながらアプローチをかければ動員できそうな会社がある。電話では埒があかないので、数社を訪問しようと考えた。自分の意思で外出するのは、入社して一か月以上経つのに初めてのことである。
 可能性のある会社が板橋にあり、そちらの方面にまだ出席を決めていない数社が有るので、そちらに出向くことにした。形式的な直属の上司である五月部長に事情を話すと、何の抵抗もなく了解してくれた。新人であろうがなかろうが、自主的に動くのがこの会社の方針であることを身をもって感じた。
 企業を訪問するのは初めてである。最初に訪問した会社は、社長が不在で、総務部長が応対してくれた。中小企業の社長というのは秘書もいなく、総務部が秘書的な業務をしているようである。社長のスケジュールが確定して、出席できないが、総務部長が出席してくれると言うことになった。
 本命の会社は、双眼鏡などの部品を作っている会社である。しかし、光学系はなく、メカ系だけである。事前にアポイントを取ってあったので社長は在社していた。社長室を入るなり、昨年十二月初旬に行った社員研修が不満で、大きな声でまくし立てた。五十人強の会社で幹部八人が研修を受けたようである。
 こちらが耳を傾けているせいか、気持ちが落ち着いたのか、事情をじっくりと説明してくれた。講師が、経営実務経験がなくて、むつかしい理屈だけで、何ら実践に役立たないというのである。いろいろ聞いても、結局結論的には講師の問題のようだ。
 私の聴き方が良かったのか、大変気に入られ、飛翔会賀詞交歓会に出席してくれることになった。
 隣の足立区の二社もその後回ったが、そちらは動員に津ながらなかった。今日は二社で三名の参加が追加された。揚々と帰社したが、報告する相手もおらず、私も帰宅することにした。
 仕事に追われている中、セント光学の向坂社長から電話があった。私が商社マン時代に顕微鏡の輸出をしていた会社の社長である。六十歳を遙かに超えた社長であるが、気持ちが若い人である。今月二三日に会えないかと言うことで、状況説明して万一ドタキャンでもよろしいかと了解を取った上で、スケジュールに入れることにした。


■ 先輩業務の下請け 0107

 出社するとすぐに金田部長に呼ばれた。名山部長の隣の席にいる部長である。もちろん直属の上司ではなく、これまでに挨拶程度でした口を利いたこともない。
 B5用紙に鉛筆で殴り書きしたものを机上において、それをもとに診断報告書を書いてみろというのである。どうやら彼は、製造業のコンサルティングをしているようだ。
 診断報告書を書くという機会を与え、新人の私を教育してやるから、という態度である。教育という寄りは、教育を名目とした体の良い下請け作業だ。
 診断報告書がどのようなものなのかを知る良いチャンスである。でも、どの様に書いて良いのかかわからない。
 高校の先輩である畑中さんが声をかけてきた。金田部長に私が呼ばれたので、下請け作業を命ぜられたと直感したようだ。今夜、時間を作れるかというので、私は渡りに船、どの様に診断報告書を書くのかを尋ねる良い機会と思った。
 終業後、畑中先輩が目配せで出かけることを伝えてきた。診断報告書の書き方を始め、いろいろとアドバイスをもらえた。


■ I社企業診断マーケティング担当 0108

 昨日、畑中先輩からのアドバイスがあり、これまでの企業診断書を見ることにした。書棚にずらりと並んでいるのを始めてみて、さすが日本を代表するコンサルティング・ファームであることを、初めて実感したように思える。
 B5で、カバーが付いてキチンと製本されている。薄い診断書は五ミリほどであるが、大半が一センチを超えている。厚いものは三センチにもなる。
 女子社員が、本鈴本部長が呼んでいるというので、飛んで行った。東京支店の支店長でもあるので、緊張して本部長の前に立った。
 鷹揚な態度で「君、今、仕事を何本抱えている?」と質問された。要は、部下のコンサルタントが、何を担当しているのかを管理できていないのである。今週末に開催される飛翔会賀詞交歓会の動員の話をした。金田部長からの下請け作業は言わない方が良いのだろうと判断して、何も言わなかった。
 I社という農業資材会社の企業診断で、マーケティング部門を担当してみないかという。もちろん相談ではなく、命令である。自分の体が硬直しているのが解り、言葉もキチンとでなかった。
 企業診断で、一部門を任されるうれしさは、机に戻ってからわき上がった。でも、企業診断って、どんなことをするのだろう。


■ 先輩の原稿書き 0109

 金田部長に呼びつけられ、下請け作業が進んでいるかどうかを訊かれたので、正直に答えたら、大声で怒鳴られた。この会社では、人前で大声でしかることはあたり前のようである。
 畑中先輩からのアドバイスを聞いているので、昨日から着手していたが、金田部長のメモは読みづらい。とりあえず、何かを書くべきかを箇条書きにして、年のため金田部長の確認をもらおうとした。自分で判断しろと、再び大声を上げられた。
 とにかく製造部門に関する診断書を書き始めた。幸い、今月二十日までに完成すれば良いというので、ひとまずは安心した。


■ 飛翔会賀詞交歓会へ前泊 0110

 明日の飛翔会賀詞交歓会の重要な出席者へ、念のため電話を朝からかけるとことにした。多くの人が外出していたがメッセージを残せばこちらの誠意を感じ取ってくれると思う。中には、すでに京都に向かって出発をし、観光をしている人も多いようである。
 午後になって、飛翔会の準備のために今日中に出発するようにという指示が飛んできた。宿泊先の名前だけが伝わってきた。いつ出張に出るかわからないので、出張の準備はいつでもしておくようにと畑中先輩からアドバイスをもらっていたので、その点は心配ない。
 自宅に京都出張であることを伝えたが、いつ帰れるかはわからないと妻にいうと「大変ね、気をつけて」という言葉が返ってきた。済まないという気持ちである。


■ TMC飛翔会賀詞交歓会 0111

 妙心寺の宿坊の朝は、早かった。朝になってわかったことであるが、地方からは二〇名近くが来て、泊まっていたようである。宿坊の朝食は、一汁一菜であった。観光気分もなく、慌ただしく会場である京都国際会館に向かった。
 始めてみる国際会館は、丹下健三氏の設計と聞いていたが、行ってみると大谷幸夫氏の設計という。国立の会議場だけに立派である。三百人程度の出席者では、ガラガラではないかと思ったが、大阪本社からの社員が昨日準備したレイアウトが上手なのか、結構一杯であった。
 スケジュール表を今朝になって渡されたが、分刻みのスケジュールで、わたしは何をやって良いのかわからないまま、あれよあれよという間に全てのスケジュールが終わった。著名人の挨拶や講演、モダンバレーなどの余興も含めて十六時に終わり、会場整備をして二十時近くの新幹線で東京に戻った。
 最近は新幹線の中で講習無線LANを利用できる時代である。メールチェックをすると、こちらがどれ程忙しくても日本経営士協会からチュータリングサービスの課題が流れてくる。今日は「自分自身の棚卸し コミュニケーション」というテーマであった。


 経営コンサルタントに限らず、起業家にとって大切で有益なこととして「人脈」を忘れてはなりません。
 自分が困ったり、解らなかったりするときに、誰に頼めば最適な活性化委員会を得られるか、ヒントを得られるか・・・
 それが人脈だと考えます。
 人脈は、平素からの活動が重要です。

 国際会館の会場で、首都圏地域の会員企業の社長と名刺交換ができたばかりであるので、これを大切にしようと思った。


【 注 】 日記から週記へ

 2013年11月最終週から、日記ではなく「週記」になりました。主人公の竹根が転職後多忙で多少でも時間を作ることができるようにするためです。新米経営コンサルタントという新しい仕事に慣れない部分を充分とはいえないながらもカバーできると思います。

 竹根に一層の声援を送ってくださると幸いです。


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