2014年12月10日

■■【今日の写真 カシャリ!一人旅】神奈川県横浜 三溪園11

■■【今日の写真 カシャリ!一人旅】神奈川県横浜 三溪園11





 旅・・・・・ 時間に追われる現実からの開放 
 
 スナップショットは、他の人の旅を疑似体験できます。 この写真を撮った人は、何を思って撮影したのだろうか?
 
 自分も行ってみたい・・・ 他の人に、そう思っていただける写真が撮れたら最高ですね。

 神奈川県 横浜市 

 三溪園

http://www.sankeien.or.jp/history/index.html


 三溪園は、神奈川県横浜市中区本牧三之谷58-1にあります本格的な日本庭園です。生糸貿易により財を成した実業家であります原三溪(はら・さんけい1868-1939)によって、1906年(明治39)5月1日に公開されました。175,000m2に及ぶ園内には京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置されています。それらの中には重要文化財や横浜市指定有形文化財も含まれています。

 三溪が存命中は、新進芸術家の育成と支援の場でもありました。前田青邨の「神輿振」、横山大観の「柳蔭」、下村観山の「弱法師」など近代日本画を代表する多くの作品が園内で生まれました。その後、戦災により大きな被害をうけ、1953年(昭和28年)、原家から横浜市に譲渡・寄贈されるのを機に、財団法人三溪園保勝会が設立され、復旧工事を実施し現在に至ります。(園内地図

 原三溪(本名富太郎)は、岐阜県厚見郡佐波村(現在の岐阜県岐阜市柳津町)で代々に渡り、庄屋をつとめた青木家の長男として生まれました。1885年(明治18)に東京専門学校(現在の早稲田大学)に入学、政治・法律を学びました。跡見学校の助教師になり、教え子であった原善三郎の孫娘、屋寿と結婚し、原家に入籍しました。  原家の家業を継ぐと、生糸輸出を始めるなどの経営の近代化と国際化に力を入れ、実業家として成功を収めました。実業家以外にも三溪園を無料開園したり、美術品の蒐集や芸術家の支援・育成を行いました。

(以上 三溪園Webサイトより作成)

 
旧燈明寺三重塔

旧燈明寺三重塔

 
 旧燈明寺三重塔は、重要文化財で、1457年(康正3年)に建築され、三溪園には、1914年(大正3年)に移築されました。 園内のほぼ全域から、その姿を見ることができ、三溪園を象徴とする建物です。。  燈明寺は江戸時代に宗派が変わった際に、東明寺から燈明寺に改名されました。 瓦に東明寺と刻印されています。
入口を入りますと 大池越しに、直ぐに目に飛び込んできます。
大池越しの三重塔
臨春閣から臨む
臨春閣から臨む
雨が降り始め、閉園近い時間にもなり、慌ててシャッターを切ったら 逆光状態
 神奈川県横浜市 三溪園1  大池 三溪園の建物 
 神奈川県横浜市 三溪園2 白雲亭 月華殿・天授院 
 神奈川県横浜市 三溪園3 臨春閣
 神奈川県横浜市 三溪園4  旧天瑞寺 春草廬  旧燈明寺三重塔 三渓記念館

 




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