2015年01月24日

■■【時代の読み方】 和菓子にみる東西の違い<3/3>

■■【時代の読み方】 和菓子にみる東西の違い<3/3> 2015/01/24

 時代の流れを時系列的に見ると、見えないものが見えてきます。NHKの放送や新聞・雑誌などを見て、お節介心から紹介しています。


独善解説

■ 和菓子にみる東西の違い 2015/01/23

 テレビを見ていましたら「和菓子にみる東西の違い」という番組に興味を持ちました。虎屋文庫研究主査の森田環氏が解説していましたので、ご紹介します。

  ◇1 お汁粉vsとぜんざい

  ◇2 雑煮に見る東西の違い

3 東西の桜餅

 春を思わせる桜の季節の和菓子といえば、塩漬けの桜葉の香りが楽しめる桜餅を連想します。

 東京では、小麦粉生地に薄いピンク色の着色をし、薄く焼いて、餡を巻いたものをいいます。関西では、道明寺、すなわち、もち米を原料とし、それを蒸して餡を包んだものです。

 東京の桜餅は、江戸・隅田川の川岸に植えられた桜の葉を利用して売り出され、花見客に、隅田川名物として広まっていきました。ところが始めは米粉で作っていたのが葛粉の生地に替わり、その後小麦粉生地にかわったようです。

 江戸で人気を博した桜餅は、関西にも伝わって道明寺になったようです。土佐屋という菓子屋が隅田川の桜餅を模して、冬と春には片栗粉、夏と秋には葛粉を薄く溶いた生地を焼いて売ったと記録があります。今日の道明寺の起こりは、明治30年頃、奥村又兵衛という人物が「嵯峨名物桜餅」として発売した、と記されています。意外に新しい和菓子なのですね。

 このような地域差は、各地域の風土や嗜好の影響などが複合的に影響しているのでしょうが、東京育ちの私の目にも、関西の方が上品さと歴史の長さを感じます。

 

■ 和菓子にみる東西の違い 2015/01/23

 テレビを見ていましたら「和菓子にみる東西の違い」という番組に興味を持ちました。虎屋文庫研究主査の森田環氏が解説していましたので、ご紹介します。

  ◇1 お汁粉vsとぜんざい

 

2 雑煮に見る東西の違い

 わが家では、醤油味のお澄ましに、焼いた長方形をした切り餅が入っています。関西では、白味噌仕立てが一般的なようで、しかも丸餅が入っているようですね。

 室町幕府の料理人が記した「山内料理書」があるそうで、餅を入れた味噌を使った調味料で整えた料理を雑煮と言ったようですから、関西の像にはこの流れを汲んでいると考えます。江戸の雑煮は、江戸時代中頃の「黒白精味集」という料理書に、「薄醤油仕立よし」という記述が見られます。歴史的にも時代の差があるのですね。

 丸餅と四角い切り餅と、形に違いがあるのも面白いですね。

 餅は神聖な食べものとして、鏡餅は丸い形をしていています。神事に用いる鏡をかたどって丸くなっています。関西の雑煮が丸餅を使うのは、このような伝統的な習慣が残っているのでしょう。

 それに対して、江戸っ子は気が短く、餅をひとつひとつ丸めるのではなく、平らにのして一気に切ったことが、四角い切り餅として根付いたのでしょう。

 

■ 和菓子にみる東西の違い 2015/01/22

 テレビを見ていましたら「和菓子にみる東西の違い」という番組に興味を持ちました。虎屋文庫研究主査の森田環氏が解説していましたので、ご紹介します。

1 お汁粉vsとぜんざい

 日本を東と西に分け、風習や人々の気質などを比較することは興味深く、古くから文献にも取り上げられてきました。食べものも例外ではないようで、材料や調理方法の違いが目立つようです。

 食べ物と言いましても範囲が広いですので、和菓子を中心に、見るだけでも大は違いがあります。

 寒くなると和菓子の代表の一つが、温かい「汁粉」や「ぜんざい」です。少々脱線しますが、江戸時代には、汁粉は、夏の食べ物だったと聞いています。

 汁粉もぜんざいも小豆を使った甘い食べものですが、東京育ちの私には、粒餡で汁気の多い、とろっとした中に焼き餅が入っています。このようなおしるこを「小倉汁粉」と言うのだそうです。

 これを関西では「ぜんざい」と呼ぶようですが、これに対して、こし餡で汁気の多いものは、東京では「御膳汁粉」、関西では、これを「しるこ」と呼んでいます。私が食べてきた小倉汁粉は、「田舎汁粉」とも言われ、少々さげすまされた食べ物のようです。

 「ぜんざい」といいますと、餅の上に、汁気のない餡をかけたものをいうと教えられてきました。東京に育ったと言いましても東京の西部でしたので、都心に出かけることを「東京に行く」と言っていました。子供の頃、デパートでぜんざいを食べさせてもらったときに、栗が入っていて、「東京はやはり高級なのだ」と思ったことを覚えています。 <続く>

 

■ 日韓国交回復50年 改善ができるのか?<2/2> 2015/01/21

 日本と韓国が国交を回復してからことしで50年となり、出石直NHK解説委員のお話を中心に考えてみました。

 前回は「◇1 50年目の転機」でした。今日は後半の2~3、完結編です。

2 なぜ、関係が冷え切ってしまったのか?

 イ・ミョンバク前大統領の竹島訪問や天皇陛下に対する発言が、一つの契機です。また、中国の台頭で、日本の国際的に相対的重要度低下も影響しているでしょう。

 しかし、何といっても歴史認識、とりわけ慰安婦の問題が大きいのです。さらに、歴史認識をめぐる葛藤が、相手国に対する世論を悪化させ、悪化した世論が政治的な歩み寄りを阻むという悪循環を生んでいます。

 例えば、2013年年末に安倍総理大臣が靖国神社を参拝した折に、韓国側が強く反発しました。それに対して、日本で韓国に対する反発が強まり、そうした動きが韓国に伝わると韓国側の反日世論が高まります。その繰り返しになっています。

 このように政治レベルで対話が進まなければ、国内の世論も改善しません。

3 2015年は節目で、チャンス

 「日韓国交回復から50年」、「戦後70年」、韓国からみれば「植民地支配解放から70年」、そして「南北分断から70年」と節目の年です。節目の年をきっかけに関係修復を図りたいという点では、日韓の外交当局者の考えも一致しています。

 日韓双方とも世論の大半は「日韓関係は重要だ」と考えているという調査結果もあります。

 ヘイトスピーチなどで相手の気持ちを魚出るようなことを行えば、ナショナリズムの高まりで、感情的になりK世論がさらに過熱しかねません。

 日韓両国でも様々な催しが企画されています。こうした行事を通して相互交流や相互理解を深めたいですね。

 日韓両国はここに戦後20年に亘る空白を埋めて、友好親善の新しい時代に入るべきですし、それを行うのは「今でしょう」。 < 完 >


 

■ 日韓国交回復50年 改善ができるのか? 2015/01/20

 日本と韓国が国交を回復してからことしで50年となり、出石直NHK解説委員のお話を中心に考えてみました。

1 50年目の転機

 経済界や若者の交流などは活発に行われていますが、近年、日本と韓国の国同士の関係は、こじれにこじれてしまっているように見えます。

 関係は”異常に”冷え切ったままで、安倍総理とパク・クネ大統領との首脳会談は、オバマ大統領を交えた会談を除いてまだ一度も実現していません。外相会談は行われていますが、これもすべて第三国での会談です。隣国同士ですので、相互の国を訪れての会談があってしかるべきです。

 では、なぜ政治レベルの対話が進まないのでしょうか。

 関係改善の主な障害となっているのが、慰安婦などの歴史認識や領土問題、そして両国の国民感情です。

 出石氏によりますと、韓国側のハードルが高過ぎるという見方です。韓国政府が、「慰安婦問題で一定の前進や歩み寄りがない限りは首脳会談には応じられない」という姿勢を崩していません。

 日本政府は、色々難しい課題はあっても、いや課題があるからこそ首脳会談を行って意志疎通を図りたいとしています。しかし、国内世論は冷めています。

 内閣府が2014年10月に行った世論調査では、韓国に「親しみを感じる」と答えた人は
31.5%で、一年前より10ポイント以上減っています。逆に「親しみを感じない」と答えた人は66.4%で、一年前より8ポイント以上も増えています。

 数年前の韓流ブームで日本から大勢の観光客が韓国を訪れたり、韓流スターが人気を集めたりした頃と較べますと、様変わりです。 <続く>

 
 上記以前の最近の記事 ←クリック



【今月の経営コンサルタントの独善解説】 ←クリック

 毎日複数本発信 

今日のブログ
今日は何の日
今日の出来事
今日の独断解説
必見経営情報

 




同じカテゴリー(時代の読み方05)の記事

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。