2011年08月12日

■■ 江戸のご飯は赤茶色 江戸塾に学ぶ

■■ 江戸のご飯は赤茶色 江戸塾に学ぶ

 

 江戸のエコや風俗習慣などから、現代人は、エコという観点に絞っても学ぶところが多いと思っています。杉浦日向子の江戸塾から学ぶところは多く、話のネタとなります。エッセイ風というと大げさになりますが、独断と偏見で紹介してみたいと思います。

 

 私がはじめて杉浦日向子女史を知ったのは、「お江戸でござる」というNHKの番組でした。お酒が好きで、飾らない人柄、江戸時代に生きていたかのような話しぶり、そこから江戸のことを知ると、われわれ現代人に反省の機会が増えるような気がします。

 

 毎週、週末に皆様にお届けします。

 

■ 江戸っ子は竈(かまど)を持たない

 

 今日、ご飯を釜で炊く家は少なくなりました。ごはんも七輪で炊いていたようですが、一つの長屋で七輪を持っているところは2~3割でしかなかったようです。持っていない家はどうするかというと、持っている家から借りたのです。七輪の使い回しと言うことで、時差出勤ならぬ時差食事で融通し合っていたのですね。今日のように[隣は何をする人ぞ]というような冷たいコミュニティとは大きく異なります。

 

 もっとも、江戸時代はご飯を炊くには朝だけだったので、毎食使い回しをしていたわけではないようです。

 

 因みに昼はほうじ茶で冷や飯で過ごしていました。夜はお茶漬けですから、たくあんでもかじっていたのでしょうか。すなわち昼も夜も「ごはん」を食べずに「めし」を食べていたのです。(当ブログ「ご飯と飯」を参照)

 

 もっとも、江戸時代、江戸以外では、家で煮炊きをするほうが一般的だったようです。

 

 江戸には、独身男性が多く、彼らは屋台で済ませてしまうことが多かったようです。中には三食とも屋台で立ち食いで済ませている人もいました。

 

 屋台というと、鮨や天ぷら、それにそばと鰻が定番でした。彼らが好んで食べるものは、懐具合もあるのでしょうが、そば、鰻、鮨、天ぷらの順で、この四つは「江戸前の四天王」と呼ばれていました。

 

<続く> 次回掲載をお楽しみに

 

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