2011年09月03日

■■王貞治とハンク・アーロン 経営コンサルタント日記9月3日

■■王貞治とハンク・アーロン 経営士・コンサルタント日記 9月3日(土)

 

 9月3日は、「く()()野球」の語呂合せから「草野球の日」です。

 

 1977(昭和52)年9月3日、後楽園球場(現在の東京ドーム球場)で巨人の王貞治氏が、通算756号ホームランを打ちました。それまではアメリカ大リーグのハンク・アーロンが持っていた世界最高記録でした。

 

 その時に、王氏は「アメリカとは球場の大きさも選手も異なりますから」と謙虚な発言をされました。すなわちアーロンは、メジャーリーグの素晴らしいピッチャーを相手に、日本より大きめの球場が多いアメリカで打ったのに対して、日本の球場はやや小振りであることから、アーロンをたたえたのです。ここに王氏の人間的な魅力を感じます。孫正義氏が王氏を大切にする意図が分かります。

 

 その2日後である95日に、日本初の国民栄誉賞を授賞されました。その後も王氏は努力を続け、まだまだ活躍が期待できる状況の中、惜しまれながら引退しました。野球選手生涯に868本のホームランを打ちましたが、これもまた素晴らしい実績です。引き際の難しさを爽やかに教えられた気がします。

 

 アーロンと言えば、私は、ニューヨーク在住時代に、近くのシェイ・スタジアム(Shea Stadium)で、アーロンのホームランを観ることができました。当時、ブレーブスに籍を置いていたので、メッツの本拠地であるシェイ・スタジアムはアウェイです。球場の多くはメッツファンでしたが、アーロンがホームランを打つと全員が起立してアーロンのホームランに拍手をしました。敵味方の区別なく、たたえるべきものをたたえる“ヤンキー魂”を実感しました。

 

 シェイ・スタジアムについては、以前当ブログでも書きましたが、ニューヨーク・クイーンズ区フラッシングにあります。万博跡地のフラッシング・メドウズ・コロナ・パークという公園の北端にあります。娘の遊び場でした。

 

 1974年の秋、私はまだニューヨークに住んでいたのですが、日米野球で王氏と本塁打競争を行いました。109でアーロンが勝ちましたがアーロンはスパイクとグローブを王氏にプレゼントしました。スパイクは大きすぎ、グローブは右利き用だったそうです。

 

 台風12号は、四国を縦断、東京への影響は少なかったですが、のろのろタイ風なだけに被災地の皆様は大変だったろうと思います。お見舞い申し上げます。

 

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